8.


 仕事柄、何度か取調室に入ったことはあった。どの指令所の取調室も安っぽい折り畳み長テーブルが一つとパイプ椅子が幾つか置いてあり、ドアと明かり取り用の窓が一つずつ。他の物は置いていない。これは世界中の指令所で統一させてあり、二人が風谷に通された部屋も殺風景なものだった。
 風谷はドアと平行に置かれたテーブルを挟んで奥に座るよう二人を促した。騎左、続いて塔亜が座り、ゼファが騎左の肩で丸くなると、風谷も手前にあるパイプ椅子に落ち着く。灰皿を引き寄せてポケットから潰れた煙草の箱を出したが、騎左が明らかに嫌そうな顔をしたのでまたしまった。
「騎左は煙草が嫌いだったっけな。つい、うっかり」
「本当だよ全く。来る途中も賭博車が居たから遊びに行こーぜ、って誘ってやったのに」
 煙草が嫌だから行かないってさ。そう言って塔亜はテーブルに肘をつき、ぶすっとした表情で隣の騎左を見上げる。塔亜のその顔が面白かったことが半分、それから自嘲半分に風谷は笑った。
「その内俺まで嫌われかねないなぁ」
「ああ、煙草やめる気はないのか? アンタに染み付いた煙草の匂い、前より強くなってるぞ」
「あのねぇ、そんなに簡単にやめられるモンじゃないから」
「知ってるさ、それくらい」
「そうかい」
 雑談はその辺に。話は本題に移る。
 例の銃撃戦と“組織”との関連性の有無を訊ねれば、風谷はあっさり肯定した。
 死傷者を出さずに昼日中の銃撃戦、だなんて。そんなことは、普通は出来ないのかもしれない。が、あの“組織”を他の犯罪者と一緒に考えてはいけない。“奴等”は普通じゃないのだから。
 賭博に使用されるカードの四つの絵柄。その内、『死』を表す“スペード”――おそらく組織の名はそこから取ったのだろうというのが世界軍側の解釈だ。実際、メンバー全員の左手の甲にはスペードの紋様を象った三本の絡み合った曲線が刻まれている。彼らの目的やしていることは他の反政府組織と変わらず、国の政治方針への反発と国の混乱を招くような事件を起こすこと。
 だが、その規模の大きさが違った。
 彼らは一国に留まらず、どこの国でも活動している。
 起きた事件は神がかっている。
 国の政治家たちを皆、忽然と消して見せたり。
 先進国と呼ばれた島国を一つ、一瞬で吹き飛ばしたり。
 何よりも驚くべきは、組織を構成するメンバーが意外にも少数であるということ。少数で大掛かりな事件、つまりそれは、一人一人の能力が非常に高いということ。国を裏切った魔術師や妖術師が何人もメンバーである可能性も高いと言われている。
 そして組織の構成員は、絶対に姿を見せない。上手く姿を隠し、影から軍を攻撃する。
 少数精鋭。
 危険な組織。
 そんなものをわざわざ国民に知らせる必要なんてない……いや、裏切りの術師が国や軍と敵対しているかもしれないだなんて、とても国民に言えたことではなかった。
「ていうか、犯人はずばり“組織”でしょーよ」
「……その根拠は」
「他にあんな芸当が出来る奴を知らないから」
 そんなんが根拠でいいのかよ、と言っても、風谷はいたって真面目な顔である。
「『知らないから』ってそんな」
「何。消去法って楽でいいと思うけどなぁ。でもま……物的証拠が欲しければ見せるよ? 発見した弾薬、空薬莢や弾痕と、過去に押収した組織オリジナルモデル拳銃の照合写真」
「……え」
 銃火器系のバイヤーから組織が割れることを怖れた為、組織内でオリジナルの拳銃やマシンガン等の武器を作っていることくらい、塔亜も騎左も知っている。それと同時に、そのオリジナルモデルを手に入れるのがどれだけ大変かということも知っている訳で。
「よくそんなモンが手に入ったよな」
「まぁね、ほぼ強奪に近かったけど。結果オーライってヤツか」
「は? オッサン……」
「そうだけど? 手に入れてきたのは俺」
 先にも述べたように、“そういう”組織である。姿は現さない、現す時には既に死体となっていることが多い。その死体ですらお目にかかれないような、そんな奴らから、拳銃を強奪?
「そんなの、どうやってだよ」
「アジトらしき所に押し入った時、ちょいとね」
「よく生きてたな」
「ん、一人だったから。気ィ使わなくていいから逆に楽だったよ」
「はぁ? 相手何人だったの」
「五、六人……かな」
「……馬っ鹿じゃねぇの」
 飛び抜けた戦闘能力を持った奴五人を相手に、たった一人。
 本当によく生きていたと思う。
 が、それ以上に、この男の戦闘能力の高さを見せ付けられた気がした。戦ってみたことは一度もないが、塔亜と騎左、二人がかりで妖術を使ったとしても勝てる可能性は低いかもしれない。
 例の、電車で出会ったジャーナリストの情報も、正直信用ならないが確認を取っておかなければ。塔亜はコートの下に押し込んであった北阿地方誌を引っ張り出した。
「それとさ。死者と負傷者、報道されてる数で合ってるの?」
「え? そこ疑うの?」
「だって、本当はもっと少なかったはずなんじゃないのか、って話聞いたから」
「んー……それねぇ」
 間違ってないというか何というか。風谷が肩を竦める。
「収容した遺体は計六体、怪我人は十九人。正しいよ? けど一人だけ、遺体の身元確認がまだ出来てないの」
「なぜだ? 被害者はほぼ即死、無駄な外傷もほとんどなかったと書いてあるが」
 新聞記事を指先で叩きながら騎左が問う。頭を撃たれたのなら、銃の威力によっては吹き飛んでしまうこともあるだろう。だが、離れた場所から、しかも拳銃で狙撃して、顔が判別出来ないほどに頭蓋骨が砕けるということがあるのだろうか。
「でも分からないものは分からない。一生懸命探させてるんだけどねぇ」
「……自分でやんないの?」
「ん、俺の仕事じゃないもんそーゆーのは」
「……」
 必要最低限のことしかしないこの男。本当に軍という組織内で役に立っているのか、不思議でならない。いったい誰が、“少佐”なんていう地位を与えてしまったのか。

「……で? 軍はどう動くんだ?」
 騎左のその問いに、風谷の意味もない同然の返事。
「よく分からないんだよな、エライ人の考えてることは。取り敢えず今は命令待ち」
「オッサンもそこそこの地位と発言力は持ってるんじゃないの? だったら……」
「でも、あくまでも『そこそこ』だからね」
「あ、そう」
 とにかく、この国で起こっている事件の犯人が“奴等”だということだけは少なくとも分かった。しばらくここに留まって組織の情報を少しでも集め、可能な限り彼らを切り崩していくべきだろう。多分、これはあくまでも塔亜の勘だが、組織の頭はこの事件に関わっていない。頭が事件に関わる、或いはその指揮を取るのは、それこそ世界が消え去る時だろう。こんな発展途上国での発砲事件ごときで動くはずがない……気がする。
 頭という指揮者がいなくとも軍はこんなにも混乱している。それだけ大きな『力』を持つ組織なのだ。例え少しずつでも奴らを下層から削っていかないと、世界軍側はきっと、この戦いに負ける。
 頭の後ろで腕を組み、体重を後方に傾けて椅子の前足を浮かせる。テーブルの上に乗せようとした足を「はしたない」と騎左がはたくと、微妙なバランスで釣り合っていたパイプ椅子が崩れ、更に塔亜も転んだ。どこかぶつけたのか唸る塔亜を無視して騎左は訊ねる。
「そういえば風谷。この国の魔術師のことなんだが、何か知っているか? ここまで来る間に少し街中を通ったが、この多さはいったい……」
「あー、この国で信仰されてる宗教の話は知ってるだろ? それと関係があるんだろうよ。この国は魔術師が建てたという文献も残ってるし、国が興った時からの旧家が今でも多く生き残ってる。国民皆、何かしら魔術に関係があるんだってさ」
「そんなモンですか」
 塔亜は立ち上がって椅子を元通りに立て直し、騎左も腰を浮かせた。
「あ、そろそろ帰る?」
「うん。どこか宿とって、一回休もうかなと」
「まぁその方がいいだろ。俺も、見せられる手札はコレだけだ」
 軍という組織に所属する人間である以上、その中で定められている規則は守らなければならない訳で。風谷の言うところの『エライ人』が決めたことには従わなければいけない訳で。その辺の事情は分かっているつもりだから、彼が何かを隠していても、塔亜たちは文句を言えない。つまり、これ以上ここに留まったところで意味がないということだ。
「じゃあなーオッサン」
「おー、まぁ何かあったらまた来いよ」
 指令所正面エントランスから出て行った彼らを見送りながら、風谷は五年前のことを何となく思い出した。
 彼らの“出生”について、風谷も知らない訳ではない。寧ろ、知っていたから彼らを養子として引き取った(独身のいい歳した男が笑える話だが)。書類上引き取って指令所から出してやって、自由を与えてやった。まぁ嫌な言い方をすれば、そのまま放り出しただけだが。
 彼らは指令所で保護されているべき人間ではない。
 広い世界に出て、より多くのことを知る権利を持っているのだから。
 彼らはどんな状況でも生きていける、と確信していた。
 “彼等”の血を引く者ならば。
 あっさり死んでいくはずがない。
 そして二人なら、何か、良くも悪くもとんでもないことが出来るから。



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