7.


 六十年前に全世界を巻き込んだ大戦争が終戦を迎えてから、各国の国王たちの決議により、先進国にしか存在していなかった新たな軍の制度が世界各国に設置された。国王の独裁を防ぐ為に、二度と戦争を起こさない為に、国籍を超えて互いに見張り合おうということだった。それは一般に『世界軍』と呼ばれている。
 石造りの建物が並ぶ中で景観を崩すかのごとく建っているのが、その世界軍軍人が拠点としている【砂遺跡の国】地方指令所だ。大抵のこの国の建物が古来より使われ続けている石造りのものか、或いは砂を固めて造られたものに対し、その中で唯一コンクリート造り。しかも、初代国王の時代、つまり何千年も昔に建てられた城の隣にそれがあるのだから不自然極まりない。国としてはそのような形で指令所を建てることを拒んだのだが、砂でここまで大きな建物を建てるのは不可能。石で造るにしても、金も時間も労働力も掛かり過ぎる為に諦めるしかなかったのだとか。だが、世界軍の方も。わざわざ国の真ん中、城の隣に建てることもなかったのではないだろうか、と塔亜は思う。
 指令所脇の一般用ターミナルにバイクを停め、入口のガラス戸をくぐる。“受付”のプレートが下げられた所に座っている女性軍人に尋ねた。
「先日この国で発砲事件が起こっただろう。それについて訊きたいことがあるのだが」
「ジャーナリストの方ですか? 取材であるのなら現在お断りしておりますが」
 女性軍人は表情一つ変えずに答える。それを訊いた塔亜が口を挟んだ。
「何でだよ。だいたいさ、カメラも持ち歩かないジャーナリストなんかいる訳ねーだろ」
 ムッとして身を乗り出す塔亜のコートを引っ張り、小声で「黙れ」と言う。今は自分たちがジャーナリストかどうかなんて全く関係のないことだし、塔亜に余計な口を挟まれると話しにくい。そもそもジャーナリストの全部が全部、首から大きなカメラをさげている訳ではない。
 思いっきり不機嫌そうな顔が視界の端に入ったが知らないふりをし、騎左はまた軍人に問うた。
「言えない事情があるのは分かった。軍には一般市民に言えない機密事項があることくらい、俺たちだって知っている」
「なら話は早いです。申し訳ありませんが……」
「だが俺たちは、軍の最重要機密事項がある“組織”に関わっていることも知っている」
 受付前のテーブルに肘をついて、「その組織名も、な」
「な……! 何で」
「まだ疑うというのなら、その組織の名まで言ってやろうか。……確か、“スペード”と言ったか?」
「何で、知ってるの……? 貴方たち、何者」
 その時。彼女の後ろ、奥の部屋と繋がる扉が開き、背の高い中年男が入ってきた。軍人らしからぬ、別段威厳の無い顔と細い身体。他の軍人と同様軍服を身に纏い、しかし彼は襟に“少佐”を意味する青一つ星の徽章をつけている。その男を見て、その場にいた軍人たちは皆敬礼した。
 彼は塔亜たちに向かい、溜息混じりに言った。
「……お前ら、相変わらず脅迫紛いなコトしてんなぁ」
 こちらを見る、薄茶色の目。
 彼らはこの人物を知っていた。
「風谷のオッサン! アンタこそ何でここに、何して!」
「まぁ、その話は後で」
 風谷と呼ばれた男はそこで一度言葉を切り、受付嬢に向き直る。「こいつらの相手、大変だったでしょ」
「え……あ、いえ」
「そう? ま、お疲れ様」
 それから風谷はオフィス全体を見回した。皆、風谷の指示を待っているのだと分かる。
「じゃ、皆仕事に戻って。こいつらは私が責任持って預かっとくから」
 事の次第が読めない内に、上司は少年二人と鳥を奥へ連れて行こうとしている。理解は出来ないが――それはもう、全く――これだけは訊いておこうと思った。
 受付の女性軍人は立ち去ろうとする風谷に尋ねた。
「あの子たち、何者なんですか?」
「ん? 私の一応被保護者だよ」



   ◆



 あれは十二歳の時だったか。
 随分前から、世界の治安は徐々に悪くなりつつあった。平和だと言われ続けてきた【東端の島国】でも、それは例外ではなかった。強盗も放火も、ニュースで聞くだけでなく身近で起こっていたし、子供に対する虐待も近年増え続けていた。各家庭の事情により捨てられ、世界軍管理下の孤児院に預けられる子供も少なくなかった。
 塔亜も騎左も、その内の一人だ。二人とも本当の親のことを知らない。物心が付く頃には、塔亜は孤児院、騎左は養父母の元にいた。その騎左も、六歳の時に塔亜のいる孤児院へと預けられた。
 その建物が放火に遭った。
 先生も友だちも、皆死んだ。苦しみながら死んでいった。“喧嘩ばかりしている罰”としておつかいに出されていた二人と、いつも騎左と共に行動するゼファだけが助かった。
 炎に気付いた二人が慌てて建物に駆け寄ろうとすると、誰かに押さえられた。その腕を払おうとして振り向くと、軍服を着た男が。
 それが、風谷だった。



   ◆



「お前らなぁ、若い女の子相手に何やってんだよ」
「俺してねーよ。騎左だよ」
 ……つーか、『若い』って言っても俺より年上じゃん。そう思ったが、言わない。
「や、それよりオッサンだよ! 何でここにいんの! しかも軍服着て!」
「軍人が軍服着るのは当然だろ。学生が制服着るのと一緒」
「変なところ突っ込むな!」
「はいはい」
 風谷こそ、のらりくらりとこちらの質問をかわしてくれるところは相変わらずである。
「んーまぁ何だ、簡単に言うと左遷……」
 中途半端なところで口を閉じ、“取調室”のプレートが下がった扉のノブを握った。
「それより。事件のことだろ」
「そうだけど……」
 だからって取調室かよ。そう思ったが、やはり言わない。



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