6.


 電車から降り、急遽決まった目的地である【砂遺跡の国】へ向かっている途中に、いったいどれほどの遺跡を見ただろうか。巨大な岩を積み重ねてあるだけ、と言えば全くその通り。しかし現代の技術を駆使したとしても、これと同じものを建造しようとすれば、軽く二年は掛かると言われている。そんなものを古の技術でどうやって造っていたのかは、まだはっきりと解明されていない。それが、この遺跡群が“世界七大不思議”の内の一つに数えられるゆえんである。
 もうもうと砂煙をあげて走る一台のバイクの上で、ゴーグルを両目に当てた塔亜は岩の塊を見上げた。
「何でこんなモンをこんなに造ったんだろう」
「宗教儀式の為だ。二千年近く前から北阿を中心に信仰され続けている宗教の、な」
「へぇ」
 よく知ってるよな、なんて思いつつ相槌を打つ。
 騎左は続ける。
「儀式に用いられていたのは明らかだ、当時の書物にもそう記されている。その儀式とやらが現代まで受け継がれている点から見て間違いないが……」
「……『が』?」
「それについては、何とも言えんな……」
 受け継がれている儀式、それは死者を死後の世界から呼び戻すというもの。今でこそ形式的な、安らかな死を祈る為の儀式となっているが、かつては本当に死者を蘇らせるべく死体を切り開き、ひたすらまじないを掛け続けたらしい。結果は遺跡――当時は新設の『儀式の間』と呼ばれていたが――の大きさに比例すると言われ、財力がより大きな者ほど巨大な『儀式の間』を造り上げた。
 二人のちょうど左側正面に見えているのが、この周辺で最も大きな遺跡。つまり、代々【砂遺跡の国】国王蘇生の儀式を行い、年月を重ねるに連れて大きくなっていった『儀式の間』である。
「蘇生ねぇ……出来る訳ないのにな。そんなことを言う宗教ってのも信じらんないね」
「だが、何かに縋ることで救われる人間がいることも確かだ。だから宗教がある。宗教はなくならない」
「……そうだな」
 バイクの前方を飛んでいたゼファの高度が徐々に下がってきた。スピードも落としているのか、バイクとゼファの距離が縮まっていく。バイクが追いつくと、ゼファは騎左の肩に降り立った。ゼファの案内終了、つまりもうすぐ【砂遺跡の国】に到着。
 砂塵の向こう側に、ぼんやりと門が見えた。距離はまだあるが、かなりの大きさだということが分かる。更に近付き、門の脇に立っている門番の背と比べ、その規模を再確認した。
「すっげぇ……」
 よく見れば、砂風でかなり風化してはいるが、細かい彫刻が門全体に成されていることが見て取れる。
 川が流れている。家畜を連れた人々がその川に向かっている。川には、身体を洗い清めている者や何かを流している者も居る。川の近くでは農耕も行われている。家が建っている。たくさんの人が居る。そしてその中心に在るのは、光を纏った神――それらが雑然と、それでいて美しく並んだ、そういう絵。
 塔亜はその絵に、彫刻に触れようと手を伸ばした。
 が。
 目の前を鈍い輝きが閃く。思わず手を引っ込めた。
「!?」
「国を守る門だ、外部の者が気安く触ってよいものではない」
 長槍を手にし、その肩に青という普通有り得ない色彩の鳥を乗せた門番が無表情で言う。言い返そうとする塔亜を遮り、騎左は三冊のパスポートを彼に差し出した。
「入国手続きをしたいのだが」
 門番は興味のなさそうな目でそれを見、受け取る。門に手を掛ける。門の透き間に詰まっていた砂がパラパラと落ちてくる。
 扉はゆっくりと、少しずつだが開いた。高さ十メートル以上も有る石造りの門。もちろん、重さがどれほどかなんて予想出来ない。そんなものが、確かに門番に押されている。道具も使わず、素手の門番に。
 ある程度開いたところで、門番は振り向いた。
「……入れ」

 二人とも、気付いていた。門番の肩に止まっていた鳥の目がくるりと動いて僅かに光ったのを、塔亜と騎左は見逃さなかった。
 あの鳥、鮮やかな色、間違いない。
 あれは魔鳥、あの門番は魔術師。

 妖術と魔術、どちらも不可視で不思議な力であることに変わりはない。似ているかもしれないが、しかしそれらは全く別のものだ。騎左の操る妖術が精神的なまやかしであるのに対し、魔鳥を媒介として己のエネルギーそのものを具現化、そして肉体的損傷を負わせるのが魔術である。
 武器など使わなくとも、魔術師であれば容易く人を殺すことが出来る。魔術はそれだけ危険な力なのだが。
 入国手続きを済ませ城門前の大通りに出た騎左は呟いた。
「異常だ……」
 建ち並ぶ建物の最上階の開け放たれた窓からは眩しい色の鳥たちが出入りしている。空を飛び交う鳥の鮮やかな色は、その鳥たちが幻獣類――おそらくほとんどは魔鳥――であることを物語っている。仕える主人のいない幻獣には、抱える力が大き過ぎるゆえ、自由な行動が許されていない。つまり、これだけ多く自由を与えられた魔鳥がいるということは、ほぼ同数の魔術師がこの国に存在しているということだ。
 魔術や妖術など不可視の能力は使い方によって非常に危険なものとなる為に、通常は王家直属軍隊等限られた一部の家系、団体にしか伝えられていない。その上、術師は各国の管理下にある。術の存在自体は知っていても、それが発動するところを見たことの有る一般国民は本当に少ないだろう。だがこの数を見る限り、“限られた者”以外にも術を使える者が居ることは間違いない。だいたい、あの国門にしたってそうだ。あれほど、魔術を使わなければ開けないほど大きくある必要は無い。そんな門を必要とする理由が分からない。
「何だってーの、コレは?」
「……さあな」
「ま、一個だけ分かることがあるよな」

 ――ヤバイんじゃねぇの?



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