4.


 翌朝。
「本っ当にいいんだな?」
「やれるものならやってみろ」
「あぁやってやるよ!」
 駅外の砂漠で銃を構える少年と、刀を構える少年。そして鳥。
 銃を構えた少年――即ち塔亜は、念を押すように言った。
「死ぬよ?」
「誰が」
 刀を構えた騎左がせせら笑う。
「そんな脅し文句は聞き飽きた。さっさとしろ」
「言ってくれるじゃん」
 塔亜は改造銃を握り直した。これはほぼ毎日の恒例行事である。
 体は動かさないと鈍ってしまう。『仕事』が『仕事』なだけに、一瞬の遅れは命取りとなる。それを防ぐ為、こうして一勝負するのだ。喧嘩ではない――本当に本気で喧嘩することも、ない訳ではないが。
 相手の額に照準を合わせ、発砲した。それを刀で受け流した騎左は、塔亜に斬りかかる。刀を銃で受けて押し飛ばし二発続けて撃つと、それを避けた騎左が力を発動させた。ゼファを通して妖力が増幅する。
 砂が地面から浮き上がった。
「うわ!」
 驚いてじたばたしたところで、どうにかなるものではない。相手はさらさらと形を変えて、どんどん塔亜を包み込んでくる。騎左は一度目を閉じ、再び目を開いた。思わず吹き出す。
 騎左には“何もないところで焦る塔亜”しか見えなかったのだ。
 人間の心理に働きかけ、錯覚を起こさせる――それが妖術だ。騎左の様に『これは幻影だ』と意識して見ると、見えない。塔亜も長いこと一緒に生活しているから、その辺は十分に承知しているはず。その為今は、多少複雑な術をかけているが。
「……いつまでそうしているつもりだ……」
 砂の上にうずくまり頭を抱えている相方を見ると、自然に溜め息が漏れた。ゼファを見ても、やれやれという様に首を横に振る。
「いい加減見破れよ」
 塔亜の前に屈み込む。と、塔亜はガバッと顔を上げ、底意地の悪いニヤリという笑みを浮かべ。
 パァン!
 発砲した。
「――っ……!」
 額に命中、当たった所から液体が流れ落ちる。無意識に手を伸ばし、それから指先に視線を落とした。
 ……。
「緑?」
 絵本に出てくるエイリアンじゃないんだぞ俺は。内心そう呟いてバッと振り返り、「やーったやった! 俺の勝ち!」と踊っている塔亜を見る。
「何だよこれ」
「……あ? 大丈夫だよ、水性インクだから水で洗えば落ちる」
 そうじゃなくて。視線で訴えると、奴はカラカラと笑った。
「いいだろ、ソレ」
 塔亜君特製ペイント弾。カラフルに七色揃えてあります。
 話を聞くと、以前ふらりと立ち寄った玩具屋にモデルガン用ペイント弾が売っていたのだとか。欲しかったが、塔亜の改造銃にはサイズが合わない為装弾出来なかった。そこで塔亜は考えた、自分で作ればいいんだ! ――と。
 最近、塔亜が夜遅くまで起きて、何かをしていたのは知っている。しかし、まさかこんなモノを作っていたとは。
 騎左は再び溜め息をついた。
(全く……頭が痛い)
 部屋に戻り、身体をざっと洗い流してから(騎左の場合は念入りに顔を洗ってから)美味しくない缶詰をいただく。昨日の報酬を下ろしたら美味い物を食べようと塔亜は決心した。
 その後は汚れ物の片付けだとか各々の武器を手入れだとかで適当に時間を潰す。塔亜は昨日使った両刃のナイフを磨き始めたが、しかし、やっぱりこういう刃物の手入れは騎左に任せた方がいいやと放り投げた。
 改造銃からペイント弾を抜き実弾に入れ替えていた時、壁時計を見上げた騎左が立ち上がった。留守番役としてゼファを部屋に残し、二人は駅内にある現金自動引き下ろし機へと向かった。
 通帳を突っ込むと、機械が通帳の磁気を読み取り自分たちの口座に自動でアクセスしてくれる。数秒経って、画面に二人の口座番号と現在の預金残高等が表示された。
「昨日の、全部でいくら振り込まれてる?」
「ちょっと待て」
 “履歴”と書かれたボタンを押すと、パッと画面が切り替わった。入金・出金の日付と時間、その額が一覧表になって出てくる。
 そして、今日の昼に振り込まれた金額は。
「何つー額だよ……」
「おそらく、先進国で企業に勤めている人の月収の、約二倍」
「はー……」
 賞金稼ぎを始めたばかりの頃には考えられなかった額だ。勝手に溜め息が漏れてくるのは、当然なのかもしれない。
「俺が知らずにぶっ飛ばしたアイツのランク、何だっけ?」
「A級三つ星」
「マジ?」
 この世界の犯罪は、大まかに七つのランクに分けられている。一番上がSS級でS、A、B……と下がっていき、一番下がE級だ。また、A級以上は更に細かく分かれており、一つ星が最低、五つ星が最高ランク。そして当然ながら、ランクの高い方が賞金額も高い。
「アイツ、あんなに弱いのにこんなに高価かったんだ……」
「賞金の基準は強い弱いじゃない、罪の重さだ。それにE級のあの男の組織。一味全員を捕らえた訳だから、色が足されているみたいだな」
 取り敢えず交通費と当面の生活費を下ろし、塔亜と騎左と半分ずつ財布に入れた。
「無駄遣いするなよ」
「分かってるって」
 そう言いながらも、騎左が機械から通帳を受け取っている間に、塔亜はいそいそとショッピングモールへ向かっている。
「おい……どこ行くんだ」
「美味い飯屋!」
 振り返って、親指を突き立てる塔亜。溜め息をつき、それから自分も腹が減っていることに気付いた。……仕方ない。
「先にどこか行ってろ。俺はゼファを連れてくる」
 ゼファも、腹をすかせているだろうから。

 広々とした飯屋――というには高級感漂う、どちらかというとレストランで北阿地方各国の郷土料理に舌鼓を打ち、満腹になったところで部屋に戻る。午前中に地下のコインランドリーで洗濯、乾燥させておいた汚れ物も畳んでトランクに詰め、出発の準備は完了した――騎左は。
「入り切らねぇ……騎左ぁ」
「下手くそ」
 物が溢れ出ているトランクを見てボソリと呟き、「貸せ」と言って引き寄せる。がさつな性格である分ものを持ち歩かない為、明らかに騎左より荷物は少ないのに。なぜ入らないと言うのか。
「ったく、服は畳め。小物も用途別に分けるなり何なりしろ。要らない物は捨てろ。前にも言っただろうが」
「えー、畳んであるじゃん」
「……は?」
 例え塔亜は畳んだつもりでも、騎左には丸めて放り込んであるようにしか見えない。更に。
「お前、まだコレを着るつもりなのか?」
 返り血を浴び、でも洗うのを忘れていたのか赤いシャツ。こんなものを着るとはどういう趣味なのだ。
「んー……着ない、かな?」
「だから捨てろって!」

 騎左の手助けの為、数分後には塔亜も準備が整った。
「何とか次の電車には間に合いそうだな」
 時刻表を見ながら騎左が言う。「じゃあ、出るぞ」



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