3.


 塔亜は走り始めて早速後悔していた。
 なぜ自分のブーツではなく、部屋に備えられていたゴムサンダルを履いてきてしまったのか!
 我ながら情けないと思ったが、後悔先に立たず。戻っている場合でもないし、さっさとこの騒ぎの元凶を捕まえなければならない。
 知らないふりをしようと思えば出来た。
 しかし、もしも“奴等”が騒ぎを起こしているのなら。
 己の安全よりも何よりも、“奴等”を殺すことを優先する――。
「うわあぁ!」
 二つ先の扉から男性客が飛び出てきた。その後からゆっくり出てきた男の手には、銃が握られている。MG09、拳銃だが殺傷力は十分。
 銃口が男性客の額へ向けられる。この距離では、取り押さえようにも間に合わない。相手の確認もせずに撃つ訳にもいかない。男もそれを承知のようで、こちらには目もくれない。
「っ……くっそぉ!」
 スピードを上げたその時。
 ――スポ!



   ◆



 騎左に先立ってゼファは羽ばたいた。動物ならではの敏感な聴覚で銃声を聞き取り、音源の方へ騎左を導く。後を追いながら、騎左は大刀を抜いた。
 通路を右に曲がった所で銃を構えた男を発見した。男の視線の、そして銃の先には宿泊客であろう女性。ゼファがふわりと止まり、その前に騎左が出る。男は銃口を騎左の方へと向け直した。
「何だ、お前」
 ガチャリとスライドを引いて、銃身に弾を込める。「指令所の者じゃないな?」
 賞金稼ぎなのだから指令所の者と働きは同じようなものだが、その辺は敢えて言わない。「ただの宿泊客だ」
 騎左の抑揚のない物言いのせいか、男の眉がピクリと動いた。が、すぐに余裕の表情に戻る。口の端を上げ、言葉で表すのなら『ニタリ』という表情を作った。
「その“ただの宿泊客”が何の用だ?」
「『静かにしろ、迷惑だ』と言いに来た」
 男は鼻で笑った。
「馬鹿言え。だったら止めてみろってんだ」
「やめておけ、無駄だ。怪我したくはないだろう?」
 馬鹿にしているとしか思えないその言葉に、態度に、今度こそ怒りがあらわになった。
「何を偉そうに!」
 銃の引き金が引かれ、騎左に向かってまっすぐ銃弾が飛んでくる。刀を構える。
 キィン!
 弾が刃に当たり、あらぬ方向へ弾け飛んだ。
「な……」
 騎左の刀と壁にめり込んだ銃弾を交互にぽかんと見やる男の隙をついて、隣でへたり込んでいた女が逃げ出した。それに気付いた男が女に銃を向けるが、それをゼファの大きな翼が遮る。騎左とゼファとで男を挟む位置に陣取り、通路いっぱいまで巨大化した。これでもう、男に逃げ道はない。
「……くっ」
 拳銃を投げ捨て、肩に掛けてあった大型銃に手を伸ばす。
 撃つ。
 ズダダダダッ!
 騎左の足元で火薬が弾けた。そして男は銃口を上げる。
「単発なら受けられるかもしれないがな、連射はどうだ」
「武器を替えたところで意味はないぞ」
「黙れ!」
 銃口から鉛弾が飛び出すより先に、騎左は目に見えない力を発動させた。その力は、ゼファを媒介として増幅する。
 突如何もないところから炎が上がり、男を包み込んだ。
「な、何だ!?」
「見ての通り、『炎』だ」
 その炎の中を“通り抜け”、騎左は男の前に立った。襟元を掴み、リストに載っていた顔写真を思い出す。
 記憶と一致したその男はE級賞金首、反政府小組織の頭だった。
 外から指令所の車のサイレンが聞こえた。ちょうどいい。
「他の仲間はどこだ? お前と一緒に、指令所に突き出してやる」



   ◆



 何ということか。足を振り上げた瞬間、サンダルが塔亜の足からすっ飛んだ。そしてそれは。
「痛……!」
 運のいいことに、男の顔面に命中。
「お、ラッキー」
 男がひるんだ隙に、一気に距離を詰める。右手を蹴り飛ばして銃を叩き落し、背後に回った。両腕をねじ上げて訊ねる。
「お前、何者だ? 何で、こんな所で銃振り回してるんだよ」
 しかし男は答えない。
「他の仲間は?」
「……」
「どれだけいる?」
「……」
 決して気が長い訳ではない塔亜。黙りこくる男に、いい加減イライラする。
「おい! 何か言えよ!」
 更に強く腕をねじってやると、ようやく男は口を開いた。しかしそれは、塔亜が求めた質問の答えではなく。
「死ね!」
 たった一言を叫んだだけだった。これ以上は無駄だと悟り、男の首に手刀を落とす。男は気を失って倒れた。顔を見ると、知らない顔。賞金も貰えない雑魚を叩いてしまったのか。どうりであっけない。
 ブツブツ文句を垂れながら、男性客を振り返った。
「オッサン、大丈夫か?」
「ああ、何とか」
 よろよろと立ち上がる男性客に手を貸したその時だった。
(足音!)
 銃を構えた時には既に遅く、先ほど叩いた男の仲間らしき者たちに囲まれた。皆、拳銃だの銃剣だのを抱えている。数的には圧倒的不利。その上この男性を人質にでも取られたら更に事態は悪転する。それを防ぐ為にも、男性客を部屋の中に押し込んだ。
「アンタ、随分楽しそうなことしてるじゃない」
 そう言って、塔亜の正面の女はマシンガンを振り上げた。恐ろしい奴もいたものだと思う。女の持っているマシンガン・MGS20は割と小型の部類に入るが、その重量は五キログラム前後。軽々と振り回す重さではない。
「実はちっとも楽しくないんだけど」女に照準を合わせる。
「遊びたいなら、相手してやってもいいぜ」
 パン! と景気のいい音がして、女の右腕が弾けた。派手な音を立ててマシンガンが床に落ちる。それを皮切りに、奴らは次々と攻撃を仕掛けてきた。
 一発目の銃弾を避け、右上から振り下ろされた銃剣を改造銃で受ける。そのままみぞおちに一蹴し、振り向きざまに拳銃を握った男の腕を撃った。直後二発目の銃弾を避けてバランスを崩す。倒れながらも片足に残っていたサンダルを、遠心力に乗せて飛ばし正面にいた男にぶつけた。そして左手を軸に着地したところで。
 銃剣を首筋に当てられた。
「残念」
 ひんやりとした刃が首に触れ、一筋の生温かい液体が流れる。
「おとなしく死にな!」
「っ!」
 その時。
 突然辺りが真っ暗になり、男の動きが止まった。
「何だ!?」
 混乱する男の手を叩いて銃剣を落とす。腹部を殴り飛ばして振り向いた。
 通路の角に、騎左が立っていた。その肩にはゼファも止まっている。そして彼の隣には、立派な口髭を蓄え指令所の制服を着た男が。顔だけなら知っている。確か、この駅の奥にある北阿地方指令所の少尉だ。
 その後ろに、気まずそうに立っているのは……。
「リ、リーダー!?」
 むせ返りながら、塔亜に殴り飛ばされた男が頓狂な声を出す。そういうことか。
 反政府組織も、頭が駄目じゃあすぐに潰れる。



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