2.


 宿屋前に停めておいたバイクの荷台に、塔亜は二人分の荷物――トランクを二つ、くくりつけた。キーを差し込んでエンジンを入れる。運転席に座ると、続いて騎左がその後ろ、トランクの上に腰をおろした。
 陽が傾いてきたせいか静かな街を、エンジン音で切り裂きながら前進するバイク。その後ろで、ゼファは両翼を広げた。
「大通りを西へまっすぐ行くと第二国門が在る。そこを抜けて次へ急ごう」
「分かった」
 門の前で退屈そうに欠伸をしている門番の姿が見えた。騎左は、懐を探って二人と一羽分のパスポートを取り出した。
 門番はバイクが近付くと慌てたように敬礼した。彼に軽く頭を下げ、その手前に有る窓口へ向かう。覗いても人の姿が見えなかったので、窓の横に備え付けられているベルをうるさいほど鳴らした。
 奥から軍指定の制服を着た中年の男が顔を出した。男は騎左が差し出したパスポートを受け取り、印をおしながらマニュアル通りの確認をする。
「塔亜さん。陽の月九日生まれ。血液型OB+。当国には五日間滞在。間違いないですね?」
「ああ」
「騎左さん。星の月二十七日生まれ。血液型AB+。当国には五日間滞在。間違いないですね?」
「その通りだ」
 もう一冊のパスポートを見、それと騎左の肩に乗った妖鳥を見比べる。
「ゼファさん。幻獣類妖鳥科妖鳥。当国には五日間滞在。飼い主の騎左さん、間違いないですね?」
 騎左が頷くと、男は三冊のパスポートを返して敬礼した。「よい旅を」
 バイクを発進させ欠伸の門番が開けた門をくぐると、一面に砂漠が広がっている。強風で砂埃が舞い、視界は悪い。塔亜は頭の上に乗っていたゴーグルを目に当てながら訊いた。
「……で? 【国境の駅】はどっちだ?」
 それを聞いて、ゼファが高く飛び上がった。ある程度まで上昇し、それから方向を決めてまっすぐ飛んで行く。その後についてバイクは走り出した。
 後ろから騎左が声を掛けた。
「陽が沈み始めている。急いだ方がいい」
「分かってるよ」
 そうは言ったものの、塔亜としては納得のいかない点がいくつかある。思ったままをボソリと呟いた。
「出国は明日でもよかったのに……」
 相手に言ったつもりではなかったのだが、しっかり聞こえていたらしい。呆れたような、馬鹿にしたような溜め息が返って来た。
「お前があの男の顔を覚えてさえいれば、出国は明後日だったんだがな」
 返事代わりに思いっきりアクセルを踏んでやった。ガクンとスピードが上がる。風に飛ばされそうになった羽織を、騎左は慌てて引き合わせた。
 昼間であれば徒歩でも移動可能な道のり。バイクで走れば数分で到着出来るのだが、そのたった数分の間にも砂は髪の奥まで入り込んできた。更に、バイクが進むことによって生まれる風だけでなく、黄砂を含む乾風も吹き荒れている。その砂の感触は、彼らに不快感しか与えなかった。
 汗をかいた首に、頬に貼り付いた黄砂がくすぐったくて、掻きむしりながら塔亜が喚いた。
「あーもう! かーゆーいー!」
「首にみみず腫れが出来てるぞ」
「キーッ! ウゼェんだよこの砂!」
 噛み合わない会話が途切れた頃、砂煙の向こう側にぼんやりと建物が見えてきた。
 大きなレンガ造りの【国境の駅】。国と国の間を結んでいる電車の発着駅だ。駅だけでなく宿泊施設やショッピングモールも充実している為、十階建ての巨大な建物となっている。
 塔亜たちが着いた頃に陽はちょうど沈み、目的地とする【港の国】方面の電車は、とっくに出てしまった後だった。暗くなってからの砂漠での運行は危険であるゆえ、ここ、北阿地方では日没後に電車が出ないのだ。
「……どうする?」
 出国を急いたお前が言うのか、と思ったが、言わなかった。「もともとの原因はお前だ」という騎左の台詞が容易に想像出来たからだ。
「どうするったって……ここで一泊するしかないだろ」塔亜は駅の入り口に置いてあった駅内図を見ながら答えた。そして自分の左方向を指差し、「ホテルはあっち」
「まあ、そうしたいのはやまやまだが」
「……『だが』?」
「金は?」
「……あ」
 現在、見事に金がない。昼の分の報酬も、明日の昼に入金される。基本的に宿の料金は前払い。と、いうことは。
「もしかしなくても……宿泊費がない?」
「いや、ないことはないが」
 騎左はバイクにくくり付けられていた自分のトランクから財布を出した。それから、駅内図に載っている料金表と所持金を照らし合わせる。宿泊費だけでなく、バイクの駐車料金のこともあるから……。
「三級ホテル二階、風呂・トイレ付き食事なし。これにバイクの駐車料金を合わせて……ギリギリだな」
「飯は?」
「だからない」
 正確には、“美味い飯が”ない。念の為に持ち歩いている携帯食料があるからだ。しかしそれは、進んで食べたいような味ではない。
 ホテルに泊まって携帯食料を食べるか。
 浮浪者よろしくベンチで寝て、どこかの飯屋で美味い飯を食うか。
「どっちがいい?」
「迷うな……」
 その時、冷たい風が駅内を駆け巡った。
 砂漠の夜は寒い。
「……」

 バン、とシャワールームのドアが開いた。
「あー、スッキリした!」
 シャワーを浴びて全身の砂を洗い流した塔亜は、そのままベッドにダイブ。枕に顔を埋め、溜め息をつく。
「はぁ……これで美味い飯があればなぁ……」
「文句言うな」
「別に文句じゃねーよ、感想を言っただけ」
 そう言いながら、むくり、と起き上がり、騎左が放り投げた携帯食料の缶詰を頭上でキャッチする。腹も減っていることだし早速食べようと缶切りを掴んだが釘を刺された。
「先に服を着ろ」
「へいへい」
 トランクから引っ張り出したTシャツを着、ショートパンツをはく。それから今度こそ缶詰に手をつけた。お世辞にも美味いとは言えないが、腹が減っている時に食べると美味く感じるものだ。
 騎左が風呂に入ると、部屋の中は静かになった。
「やっぱりうるさい原因は騎左じゃないか」
 塔亜はそんなことを呟いていたが、騎左が口うるさいのは塔亜のせいなのだとゼファは思っていた。教えてやりたいが、ゼファには人間の言葉が話せない。軽く首を横に振り、首を傾げるに留めておいた。
 二つ缶詰を空け三つ目に手を伸ばしたところで、騎左が部屋へ戻ってきた。髪の水分をタオルで丁寧に吸い取りながら尋ねる。
「リスト、ちゃんと見たか?」
「あ、まだ」
 電話台下の引き出しを開けて、騎左は数枚の紙――指名手配犯一覧のリストを取り出した。顔を覚えて、見かけたら捕えられるようにしておかなければならない。ゼファは二人の後ろからリストを覗こうと巨大化したが、自分の影で逆に見づらくなってしまった。仕方なく、小さくなって二人の間に割り込む。
「塔亜、ちゃんと顔覚えとけよ。お前には前科があるんだから」
 今日の昼のことだけでなく、以前のことも含めて言っているらしい。記憶にはあるがいつのことだか覚えていない。それだけ前科があるのか、と言われると言い返す言葉もない。
「分かってるっての……ったく、何度も言わなくったっていいじゃねーか」
「何度言っても忘れるお前が悪いんだ」
「ンだと?」
 ――と。
 静かだった廊下に複数の足音、そして何かが割れる音、悲鳴が。
「何だ!?」
 反射的に、塔亜はナイフに、騎左は刀に手を伸ばす。
「何があったんだ?」
「分からん。取り敢えず、銃にしておけ」
「言われなくてもそうする」
 手早くナイフを片付け、風呂に入る前まで着ていた服の中からホルスターを引っ張り出した。改造銃を引き抜き安全装置を外して、ひんやりとしたグリップを両手で包み込む。足音を立てないように扉へ近付いた。
 各々武器を構えて廊下に飛び出した。
 人の姿は見えないが、悲鳴はまだ聞こえてくる。しかも、右からも左からも。
「俺は右、塔亜は左」
「ああ。金になる奴だといいな!」
「変な期待は慎め」
「分かってるってば」
 それじゃあ。
「行くぞ!」



 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ