23.


“スペード”は、組織としては他の反政府組織と何ら変わらない、国の圧政に反発するものであった。しかし、構成するメンバーが他とは違った。志を同じくして頭の下に集まったメンバーの中には、魔術師、妖術師が何人もいたのだ。
 とある魔術師は突攻隊長として戦闘に立ち、切り込み。
 とある妖術師は多くの人間を巧みに操り、国を陥れた。
 不可視の術師は、通常の人間には出来ないことが出来る。不可視の術師を抱える組織は、通常の組織には出来ないことが出来る。
 結果、“スペード”は反政府組織として成功した。
 世界中の国に反旗を翻し、世界軍を敵に回した。“スペード”の目的は、“世界を壊す”ことなのだから。
 双子の両親がそんな“組織”をつくり上げたのは、双子が生まれる少し前のこと。物心がつく頃には、両親は既に世界と戦っていた。
 生まれた時からあった“組織”に双子は育てられた、と言ってもいいだろう。“組織”のアジトが移る度、双子の住み家も移動した。当然学校になんて通えず、代わりにこの異常な環境から日々戦い方を学んだ。初めは護身術だったが、それはいつしか潜入捜査の仕方、効率のいい筋肉の使い方、人への攻撃の仕方、そして人の殺し方へとシフトしていった。賢く、身体能力も高い双子は、大人に教えられたことを何でも吸収し、こなしていった。
 同じ環境に子供はいなかった。だから双子は互いに互いを鏡とし、高め合った。どこへ行くにも、何をするにも一緒だった。食事をする時も、学ぶ時も、そして寝る時も、いつでも。こんな“組織”の中にありながら、双子にとってはそれが当たり前で、日常で、平和だった。
 その平和は九年前、敵――世界軍により崩された。
 アジトの外で双子が互いに向かい合い、模擬戦と称して優劣を決めようとしていた時だった。
(囲まれた!)
 幼いながらその気配に気付く。それとほぼ同時に、鳩羽色の妖鳥の鉤爪が双子を引っ掛けて舞い上がった。眼下で火花が散った。
 アジト周囲に銃声が響き渡った。爆音、そして砂煙、火薬の臭いが双子の感覚器官のはたらきを妨げる。妖鳥・バンリの背に乗っていた李樹は、妖鳥を空中にとどまらせると、その煙を隠れ蓑にして姿消しの術を発動させた。
 人が――軍人も“組織”メンバーも血を噴いて倒れていく。
 基本的に、準備を重ねて重ねて、その上で奇襲をかける“スペード”は、自身が奇襲をかけられることに慣れていなかった。そもそもこれまでアジトの在処は隠し続けてきたし、見つかったこともなかった。奇襲を受けたのは、これが初めてだった。
 この不慣れが敗因だった。準備なんか何もない。主力の戦闘要員も、この時は多くが出払っていた。そしてあまりにも数に差があり過ぎた。銃を手に加勢したメンバーは軍の大砲でほとんどやられた。魔術師が二人前線で戦っているが、次から次へと現れる軍人を見ると、時間の問題かもしれない。バンリの背から見下ろし、李樹はあまりの分の悪さに唇を噛んだ。
「よく、見ていてくださいね」バンリの鉤爪にしがみつく双子に声をかける。
「これが我々“組織”の仕事、戦争です。お二人とも、ゆくゆくは我々を背負って、この“組織”を戦場へ導くのですよ」
 こんな子供に言う台詞ではない。そんなことは、言っている本人が最も分かっている。しかし“スペード”の目的が果たされないまま潰れる訳にはいかない。そして目的が果たされるまでにはまだ時間がかかるだろう。とすれば、双子が“スペード”の頭となる日もいつかは訪れる。
 重責を双子に負わせるなんて。自分の非力さにいらだちつつも、双子の部下として、教育係として、李樹の頭はしっかりはたらいていた。今は、今出来る最善のことをしなければ……つまり、地上の軍人に見つからぬように双子を逃がさなければ。双子を連れたバンリは、高く高く空を飛んだ。
 不幸中の幸い、奇襲を受けたその時に、双子の両親はアジトを離れていた。無傷どころかその顔すら割れていない。残念ながら、メンバーの多くは失った。しかし頭は残っている。また“組織”を復活させられる。その為にも力を溜めておかなければならない。また活動を再開するその時の為に。
 奇襲の一件以来、大人たちの訓練は厳しくなった。双子もその理由を理解し、それについていった。
 ――トップに立つ者は強く在らねばならない。
 かつて両親がそう言っていた。双子もその通りだと思った。自分より弱い者に自分の身なんて預けられない、自分より弱い者の為に自分を捧げて戦えないから。いずれは自分たちがこの“組織”のトップに立つ。その時の為に強くなろうと決心した。
 強くなったのは双子の“組織”に対する思いだけではなかった。“組織”の中でたったひとりの、全く同じ立場にあるきょうだい。その想いはきょうだいという枠を超えた。誰よりも互いを知り、誰よりも互いを愛した。双子はふたりでひとり、どちらかが欠けても、ヒトとして立っていられなかった。あり余る部分は共有し合い、足りない部分は補い合った。そうしなければ、依存する相手がいなければ、壊れてしまいそうだった。
 まだ精神が成長しきらない子供だからこその共依存、しかし双子はそれで幸せだった。



   ◆



 ナイフを刺した瞬間、塔亜の知覚世界からは音が消えた。ただリアルに、肉を裂く感触だけが、ナイフを伝って脳に届いた。それで力を使い果たしてしまったかのように、肘から先がまともに動かない。指が硬直したまま膝をつき、それに伴って、蓮の胸からずるりとナイフが抜けた。
 ぱっ、と血が湧き上がった。
「蓮っ!」
 静の叫び声が頭の上に飛んできたが、塔亜の耳には入ってこなかった。だらりと赤く染まった両腕が垂れる。ぐらりと身体が傾く。
 動かなくなった蓮の腕を離し、騎左は今にも倒れそうな塔亜の肩を支えた。
「おい、大丈夫か」
「あ、ああ……」
 頷きはしたものの、塔亜の声はかすれていた。
 塔亜の代わりに、蓮が砂の中に倒れ込んだ。
「あいつ! 蓮に! なんてことを!」
 蓮が刺されたことで、静の落ち着きは焦りに変わっていた。蓮が、まさかあの蓮が刺されてしまうなんて。
 依然黒刀は風谷に掴まれたまま抜けずにいる。足をかけても倒れてくれない、爪先で急所を狙ってもかわされた。
「くそっ放せ!」
「『放せ』って言われて素直に俺が放す訳ないじゃないの」
「いいから放せ!」
 掴んだ風谷の右腕を引き寄せ、反対に腹に靴をめり込ませて胴体を突き放す。黒刀をぐりっとひねる。傷口を押し広げる。緩んだ指の隙間から、無理矢理刃を引き抜いた。
 駄目押しで股間を蹴り上げ、蓮の元へ駆けつける。抱き上げる。
「蓮! 蓮っ!」
「せ、い?」
 紡ぎ出された自分の名を呼ぶ声にはいつもの気丈さも余裕もなく、ただ、弱々しかった。
「僕だよ! 大丈夫だよ! すぐ医療班に連絡するから!」
「ごめんね、あなたを……守らなきゃ、いけないのに」
「何言ってるの! 違うよ、僕が蓮を守」
「ごめ、ん……」
 がくり、と。首が重力に逆らうのをやめた。
 彼女を包み込んでいた砂は風に吹かれ、消えていった。
「えっ」
 口元に耳を寄せても、蓮はもう何も言わない、呼吸もしない。
 そんな。嘘だ。嘘に決まっている。
 いくら自分に言い聞かせても現実が変わるはずはなく。
「――――――!」
 慟哭は三度、四度目の爆音にかき消された。
 煙が上がったのは城門前広場から見て王城の向こう側、この国の北部だった。そこに位置するのは国立大学、そして国の科学研究所が隣接している。国の頭脳まで狙われたのか、痛みをこらえて風谷が身体を起こすと同時に。
 国中の大気が一斉にうねった。
「まさか!」
 風谷が【砂遺跡の国】指令所に配属されてから数年経ったが、こんな現象には初めて出会った。しかしこれが何であるかは想像がつく。
 それは最悪の事態に陥ったという証。
“スペード”に完敗したという証。
 先ほど蓮を乗せてきた鳩羽色の妖鳥が再び舞い降りた。背中に乗っていた吊り目の男の指示に従い、蓮と静を鉤爪で掴む。可能な限り巨大化した妖鳥は、大きな翼でうねる大気を叩きつけた。
 傷ついたゼファは人を乗せて飛ぶことが出来なかった。襲撃され指示系統がずたずたになった指令所からは、追跡の為の妖術師が出動することもなかった。
 鳩羽色の妖鳥の姿はあっという間に小さくなり、そして空へと消えていった。



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