22.


 銃声が響いた。反射的に、騎左が塔亜の前に出る。大刀を振るう。
 ギィン!
 耳障りな金属音が騎左の聴覚を麻痺させ、刀で跳ねた銃弾の振動が肌を撫でた。顔をあげてみれば、蓮の右手の拳銃からは硝煙が立ち上っている。
「やるじゃない」
「当然だ」
「でも百点じゃないのね……遅い」
「何っ?」
 すぐ目の前を黒刀が横切った。後退してよけたがそれは間違いで、いつの間にか目の前まで迫ってきていた静が、返す刀で次の一撃を繰り出してくる。それを受けたのは騎左の刀ではなく、塔亜のナイフだった。
「ああ、瞬発力担当は塔亜君なのか」
「担当とか、そんなのねーよ!」
「君たち面白いコンビだね」
 ナイフとの鍔ぜり合いを押し切り、今度は黒刀を塔亜に突き立てる。しかしまたしても刃は通らず遮られ、脇腹を蹴られた静は肩から地面に落ちた。
 静は飛び起きて、顔に泥を塗った張本人を見上げた。
「僕は彼らに用があるんだけどなぁ」
「悪いけどね、あんたは俺の相手をしてくれないかな」
 軍指定銃を構えた風谷の目がすっと細められた。
 背だけは高いものの身体つきは薄く、見た目だけでは何の迫力もない風谷だが、出し抜こうにも隙が見つからない。それだけでなく、足元に数発撃ち込まれ、逆にこちらが後退する羽目になった。だというのに、風谷は子供を気にかける程度には余裕があるらしく。
「塔亜! 騎左!」
 風谷はこちらを見据えたまま怒鳴った。
「俺はこいつと話がある。二人は女の方をやれ! 二人がかりでならやれるだろ!」
 風谷の肩越しに「当たり前だろ!」という怒声が飛んでくる。彼らは随分とこちらを、蓮を見くびってくれているらしい。彼女の方に視線を向ければ、こっちは任せてくれ、とその目が言っていた。
(……それなら)
 黒い刃先を風谷に向ける。
(僕は僕で、さっさとこの人を倒すまでだ)
 再び足元をえぐる銃弾をよけながら考える。静の武器は自身の手足と黒刀のみ。飛び道具は持っていないから、風谷に致命傷を与えるには至近距離まで近付かなければならない。とすれば、あの銃を何とかしなければならない。
「それで、風谷さん。僕なんかと話がしたいんだって?」
 問いかけると、「何言ってんの」と呆れ声が返ってきた。
「まったく、謙遜してくれちゃって。何が『僕なんかと』だ。“組織”頭の実の子供が」
「あれ、知ってたの?」
「調べさせてもらったよ。蓮と静……齢一九歳にして“スペード”幹部を務める双子のことをさ」
 これまでの度重なる“組織”と指令所の衝突の中で、静と蓮、風谷は何度か顔を合わせたことがあった。もちろん戦闘の前線で。半分は確かに指令所の作戦だったのだろうが、半分以上は風谷がこちらのアジトに乗り込んできて、ただ踏み荒らしていってくれただけである。おそらく作戦も何もない、彼の独断と偏見による単独行動だったのだろう。
 そんな場で顔を合わせただけなのだから、自分の生い立ちなんて当然話す機会があるはずもなく。他で調べようにも、“組織”のメンバーに関する登録データは片っ端から改竄されている。まして、自分たちは出生登録すらされていない“組織”の子。いったいどこからそんな情報を拾い上げてきたのだろうか。静は目を丸くした。
「よく調べられたね。どうやったの?」
「俺、人徳あるからさ、どうにでもなるんだよね」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃないさ」
 今度の銃弾は静の顔を狙ってきた。かわす。頬すれすれをかすめていく。
「で、そこまで調べ上げたくせに、僕らを野放しにしてたって訳?」
 確かに双子は未成年ではある。しかし頭の実の息子、そして“組織”幹部だ。軍からすれば真っ先に目をつける人材だろうに。
「何だか呑気だねえ」
「そりゃあ、確証もないのに勝手なこと出来ないからね」
 調べ上げたのは軍人風谷ではなく、風谷個人。そんな不確かな結果を軍上層部に提出するなんて出来ず、要するに、静は自白をさせられたという訳だ。
 困るようなことではないが、鎌をかけられるなんて。決していい気分ではない。
 大きく息を吐き出す。
「まったく、これだから軍人は嫌いなんだ」
 大きく一歩詰め寄った。再び銃口から銃弾が二発続けて吐き出される。それを腕甲でガードし、大きく腕を動かして腕に伝わった振動を振り落とした。
 全弾撃ち尽くして空になった弾倉を取り換えるその瞬間が、静の反撃のチャンスだった。ウエストポーチに伸びた風谷の左手に切っ先を向ける。その手の平を捕らえる。甲まで突き抜ける。左手では先ほどえぐった右の内腕を握り潰した。
「……っ!」
「捕まえた」
 左の爪先を傷口に差し込む。血が溢れだす。風谷の表情が歪んだ。
 しかし突き立てた黒刀を抜こうとして、逆に風谷に捕らえられた。風谷の左手は根元まで刺さった黒刀を掴み、逃がそうとしない。
「野放しになんかしないさ」
 舌打ちする静の顔を、今度は風谷が歪ませる番だった。
「俺が“組織”を潰してやる」

 静と名乗った男の方は風谷が押さえると言った。ならばそちらは風谷に任せる。塔亜と騎左は女の方に向き直った。
「お前たちが……本当に放火犯なのか!?」
「そうだって言ってるじゃない。それとも“組織”の人間の発言は信用出来ないとでも?」
「ふざけるな!」
 塔亜は銃を構えた。照準を蓮の頭に定める。
(くそっ!)
 腕が、震えていた。
“組織”の人間を、孤児院を燃やした犯人を前にして、震えが止まらなくなった。
 ――恐怖。
 気付いてはいた。自覚してはいけない感情だということも分かっていた。だからずっと押さえつけていた。しかしもう、これ以上は殺せない。
「威勢がいいのは口だけ?」
 蓮のその台詞に、血の気が引いたのが分かった。彼女は銃を一丁ホルスターに収め、首から下げたペンダントトップからワイヤーを引き出している。ぴんと張ったワイヤーに銃口を向ける。銃弾がワイヤーを断ち切る。
(やばいっ)
 頭では判断出来ていても、身体は追い付かなかった。動けないまま、すぐ目の前まで蓮に迫られる。後に引こうにも既に遅く、蓮の手から伸びたワイヤーに塔亜の両腕は絡めとられる。腕を拘束された塔亜はガードすることもままならず、蓮の回し蹴りをまともに食らい、背中から落ちた。
 騎左の肩を離れたゼファが塔亜を追う。彼らと蓮の間に立ち、騎左は刀を構えた。
「銃だけでなくワイヤーもか……なら国王と従者を殺したのもお前か」
「そう、従者は私。でも国王にとどめを刺したのは静だよ」
「なぜ殺す必要があった」
「それが“組織”の為だから」
「そんな理由があっていいものか!」
 騎左が振り上げた大刀は、またもあっさりと蓮に受けられてしまった。押し返されて飛び退き、膝をつく。それでもしつこく足元を横に薙いだが、それも軽く跳んでかわされた。
「私個人としてはこの国に何の思い入れも感情もない。ただ“組織”に必要だから……理由なんてそれで十分」
「“組織”に必要なら放火もするのか!」
「ええ」
「そんなくだらない理由で!」
 足元に左手をつく。大地が震え、騎左の指の先から、網目状に地面が割れた。
 割れ目から逃げ、騎左から遠ざかる蓮。それを追う地割れの矛先。地割れを操り、騎左は蓮の逃げる先に回り込む。喉元を狙って突きを繰り出す。
 その刀は、彼女の素手に受けられた。
 刃を伝って蓮の血が鍔に流れ込み、こぼれる。押しても引いても抜けそうにない。
「随分と怪力なんだな」
「それはレディに向かって失礼じゃない?」
 そう言った蓮の肩越しに、やっと塔亜が起き上がるのが見えた。胸のあたりをしきりにさすりながらも立ち上がる。騎左と目を合わせる。頷く。
「何がレディだ、笑わせるな」
 鼻で笑って、いっぱいに引いていた刀を離した。バランスを崩しかけた蓮を、塔亜の放った銃弾が狙う。よけられたが、確認には十分だった。
 鉤爪にワイヤーを引っ掛けたゼファが、騎左の元に舞い戻った。ワイヤーをつまんで捨ててやると再び肩に納まり、同時に地割れは綺麗になくなった。
 騎左の隣に、塔亜が立つ。
「くっそーガチで蹴りやがって……」
「戦えるのか?」
「出来る出来ないじゃない、やるしかねーだろ。やらなきゃやられる」
 今の一連の動作で分かったことがひとつ。
「あいつ、怪我してるよな」
 黒のニーソックスですぐには気付けなかったが、蓮は確かに左足を負傷している。出血もある。それを彼女はかばい続けていた。回し蹴りの軸足も、攻撃をよけて着地する足も、騎左との鍔迫り合いを踏ん張った足も、右足だった。
 それならば。
 蓮の足元に、残っていた全弾を撃ち尽くした。彼女もそれに応戦する。飛んでくる弾は、脇差を抜いた騎左が弾き飛ばした。
 ワイヤーが放たれ、脇差を絡めとった。騎左の動きを止め、そこに撃ち込もうとした蓮だったが叶わず、塔亜のナイフがワイヤーを切った。銃弾が逸れる。騎左が斬り込む。蓮が後に引く。
 必要以上に負荷がかかり続けた蓮の右足は、もう耐えることが出来なかった。膝が折れる。尻をつく。再び騎左の術が発動し、地面が割れる。
「なかなかいやらしい妖術だこと!」
 しかし所詮は妖術、まやかし。地割れなどない。そう自分に言い聞かせて一歩踏み出し。
 割れ目から噴き出した砂に足を取られた。
 密度の高いこの国の砂が、蓮の動きを許さない。高く噴出した砂は腕にまでまとわりつく。砂の上から騎左も蓮を押さえつける。
「塔亜! やれ!」
 高く掲げられたナイフが太陽光を反射する。
「……っ!」
 塔亜のナイフは肋骨の隙間を抜け、その刃先は深く深く、蓮の心臓にまで届いた。



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