18.


 風谷を追いかけて指令所を出たところまではよかった。が、その風谷を探す途中で爆発事件なんかに巻き込まれるなんて、想定外だ。爆発に伴い発生した気流に飲み込まれ、ゼファの足にしがみついていた塔亜の身体は大きく揺さぶられることとなった。
 爆発の光、音、風が落ち着いて、ようやく騎左も己を落ち着かせる。気を静めると、ゼファが身を強張らせているのが伝わってきた。眼下を覗く。塔亜の爪がゼファの足に食い込んでいるのが見える。
「おい塔亜! 今すぐ手を離せ! 今すぐにだ!」
「こっちだって必死なんだよ! さっきの風に耐えたり振り落とされないように耐えたり!」
「そんなこと知らん!」
「落ちちゃうじゃないか!」
「落ちろ!」
「ちょっ、騎左! このヤロ!」
 互いににらみ合い、武器に手を掛ける。ホルスターから、鞘から得物を抜きかけ、しかしそうしなかったのは。
「……!?」
 砂のつぶてに襲われたからだった。
 塔亜のジーンズを、騎左の羽織を、ゼファの翼を切り裂いていく。翼が傷ついて縮こまり、揚力を失ったゼファの高度ががくんと落ちた。落ちながら小さくなるゼファ。その足が徐々に細くなっていくのを感じ取った塔亜は、早々に手を離して近くの民家の屋上に転がった。
 バランスを崩したゼファの身体は空中で傾き、背中に載せた騎左を放り出す。振り落とされた騎左は両腕を広げ、後から落ちてきたゼファを受け止めた。
「塔亜! 大丈夫か!」
「今更心配かよ! おせーよ!」
 見上げると、屋上から塔亜が顔を出している。一度目を上げ、またこちらを見た。
「あの砂また来るぞ! 逃げないと!」
 塔亜が指差した方に視線をやると、確かに砂つぶてが飛んでくる。まっすぐこちらに向かって降ってくる。
「……っ!」
 ゼファを抱えて走り出す。とにかくその場を離れる。振り返ると、砂つぶては騎左の足跡を追うように地面に突き刺さっていた。こんなものを食らったら蜂の巣……いや、滑らかな表面の銃弾と違ってごつごつの砂つぶてでは、それ以上のけがを負うかもしれない。飛び下りてきた塔亜の「怪我してねーか?」という言葉には頷いて返し、砂つぶてが飛んできた方向を見上げた。
「何だっていうんだ、これは」
「分かんねーよ。ただ……」
 塔亜の足元に転がっていた石が破裂した。
「また来た!」
 今度は別の方角から。走る。逃げる。しかしこれでは根本的な解決につながらない。誰がこんなことを……考えながら建物の隙間を駆け抜け、角を曲がる。その先で疑問の答えは明らかになった。
 そこにいたのは。
「見つけたぞ! 異国の妖術師だ!」
 橙色の魔鳥を連れた、この国の民だった。
「いったい何だ、どうしてこんなことをする!」
「お前のような人間は、この国から排除しなければならない」
「やめろ、話を聞け!」
 魔鳥の目がくるりと光った。先ほどの爆発、爆風で退寮に舞い上がった砂塵が魔術師の周囲に集まる。小さな砂粒は集合し、砂つぶてとなる。後ずさろうとして、周りをぐるりと囲まれていることに気付いた塔亜は、太腿にくくりつけていたナイフを手にした。
「塔亜!」
「言ったって聞かないんだから、仕方ねーよ!」
 塔亜とて、“組織”と関係ない一般の国民を傷つけたくはない。しかしこちらがやられてしまってはどうしようもない。
 ナイフを順手に握り、橙色の魔鳥との距離を詰める。右手を振り上げる、振り下ろす。ふわりと飛ばれ、かわされる。目で追い、届かない距離まで飛ばれてしまったことを確認する。魔鳥が駄目なら。
「やめろって、言ってるだろ!」
 魔術師に肩から突っ込んだ。
「っぐ!」
 塔亜の方が男の胸部を捉え、男は背中から転んだ。それと同時に粒子間にはたらいていた引力が消え去り、砂つぶては霧散する。舞った砂粒が塔亜の頬を叩いた。
 それは逆効果だった。
「何をする!」
「やはり国から排除するべきだ!」
「災いをもたらす妖術師め!」
 魔術師たちの目は塔亜をすり抜け、全て、騎左に向けられた。
「!?」
 魔鳥たちの目が光った。場の魔力が渦巻き、砂が幾本ものナイフを形作る。もう逃げられない。騎左が羽織を脱ぎ捨て、それをゼファが鉤爪で掴み飛び去る。左腰の大刀を抜く。
「くそっ!」
 一本、二本、砂ナイフを刀で弾いた。ナイフはあらぬ方向に飛び、地面に落ちる。形を失い、地にかえる。
 塔亜は塔亜で、ナイフは元通りにしまい、魔術師たちの首筋やみぞおちに的を絞って手刀や拳を落としていく。さすがに、気絶しては魔術も使えまい。
 それにしても。先ほどから攻撃の矛先が塔亜に向けられない。魔術師たちの目には騎左しか映っていないようで、それがまた不気味だと塔亜は思っていた。外から来た者、というのであれば塔亜も同じ。ならばなぜ騎左のみを狙うのか。妖術師だから? 本当にそれだけの理由か?
「っつ……!」
 砂ナイフの一本が騎左の右腕を切り裂いた。大刀をとり落とす。
「騎左!」
 次のナイフは既に向けられている。あれではよけられない。
 改造銃に手をかける。撃てればナイフの軌道を変えられる、しかしナイフは騎左の目の前、もう間に合わない――。
 その時。塔亜の頭上を影が通り過ぎた。
「お前さんら、また面倒事かよ」
 それは一瞬のことだった。騎左とナイフの間に割り込んだ風谷が、手にした軍服の上着をばさりと振った。切っ先が引っ掛かった砂ナイフは上着に突き刺さり、そして風谷の鼻先で止まった。風谷の目の前に、ざらりと砂が落ちた。
「え?」
 訳が分からない、という顔をする塔亜と騎左をよそに、穴のあいた上着から砂を払い羽織る風谷。こちらを見ずに上を指差す。鉤爪に羽織を引っ掛けた銀白色の鳥が飛んでいた。ゼファが風谷をここまで連れてきてくれたのか。騎左は刀を拾い上げ再び構えた。その死角をカバーするように塔亜が立った。
 砂ナイフを握った魔術師が刃先をこちらに向けて突っ込んできた。一人二人だけなら塔亜が、風谷が押さえつけられる。が、五人も六人もとなるとそうはいかない。
「気をつけろ騎左、攻撃対象はお前に絞られている!」
 風谷が怒鳴る。騎左が頷く。
 ナイフの刃を刀で受け止める。鈍い金属音が耳に響く。力を入れる。騎左の全身から妖力が漏れ出る。
 騎左と魔術師の間にパルスが流れた。双方に痺れが走った。
 そして魔術師は、崩れるようにその場に倒れた。



 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ