17.


 世界軍本部から【砂遺跡の国】指令所に左遷されてからというもの、風谷の生活にはゆとりが生じていた。机の前でじっとしているのが嫌だったから特に昇格も目指さず、現場に出て動き回ることばかりしていたというのに。二階級昇格で左遷、結果、少佐というポストに納まってしまった。こうなってしまうと、自分が動くよりも部下を動かす機会の方が増えてくる。情報を処理し的確に部下に指示を出す。やって出来ないことはないが、日々物足りなさを感じていた。勝手なことをすると結果を出そうが出すまいが上司からも部下からも怒られるので、比較的おとなしくしていた。
 そこでこの事件である。
 いい歳して怒られるのは勘弁だが、このチャンスを逃す訳にもいかない。まだ事件は終わっていない、『目立つ』のが今回の目的であれば、“組織”はまだ国内にいる。しかも多くが幹部だ。“スペード”は人数の少ない組織である、幹部を一人倒せば戦力が大きく落ちる。とすれば、何としてでも倒さなければならない、他でもない、自分が。
 指令所を飛び出した風谷は、そこから一番近い位置にあるマンホールの蓋を開けた。カビ臭さに顔をしかめながら、縦穴に身を滑り込ませる。再び蓋を閉め、はしごを伝って地下に降りた。
 壁に背を預け、目を閉じ、待つ。水の流れる音が聞こえた。
 砂漠に囲まれたこの国には水が湧かない為、南の大河から引いてきている。その水を国内に行き渡らせているのがこの水路だ。水路は国の地下全域に張り巡らされている。加えて、風谷は普段から国内をうろうろしていた。道も全て覚えた。地上も地下も、である。地下を歩いていても、地上ではどのあたりにいるのか分かる。マンホール開口部の位置も把握している。つまり、地下水路を行けば国内どこにでも行くことが可能という訳だ。地上を歩けば他の軍人に見つかって小言を食らう可能性があるが、地下にはほとんどいないはず。自由に捜査が出来るはずだ。
 目を開く。
(よし、見える)
 風谷は水路に沿って走りだした。作業員が歩く為に壁際に作られた通路は狭い。足を滑らせたら水路に落ちてしまうだろう。それは嫌だ。
“組織”の連中はほとんど顔が割れていない。あちこち首を突っ込んでいる風谷でも、顔がはっきり分かるメンバーは数えるほど。幹部となれば尚更だ。そんな“奴等”だからこそ、逆にこそこそすると悪目立ちする。だから“組織”は、人数が少ない場合は堂々とホテルなんかを利用し、そこをアジトとすることが多かった。それならまずはホテルだ、濡れた足元に気をつけながら繁華街を目指した。
 まぁ、最近では個人情報が何だプライバシーが何だとやかましいので、ホテル側はよほどの緊急の捜査でないと客の情報を出してくれないのだが。“スペード”関連は非公開で捜査を進めている為、その緊急性も伝えられない。こちらが手を出しにくいところでゆったりと構えている“スペード”を思うと腹が立ってくる。
 自分以外の足音が聞こえ、足を止める。複数人……二か三か。地下に住む浮浪者かと思ったが、それにしては足取りがしっかりとしているし、地下水路で働く作業員でもなさそうだ。なぜなら。
 タァン!
 作業員が銃など、普通は持っていないだろうから。
(銃? 何だよもう!)
 パン! パン!
 もう二発分の銃声が響く。銃弾が壁、風谷の足元をえぐる。来たここまでは一本道、誰もいなかった。この先はT字路になっている。右か左か、どちらか曲がった先に犯人はいる。ホルスターから軍指定銃を引き抜き、グリップを両手で握った。手に馴染む、いつもの感触。構える。
 T字路に向かって右手の壁際に立ち、三発撃った。銃弾が壁すれすれを飛んでいく。火花が散り、発砲音が続く。それが治まってから、次の弾が飛んでくる前に風谷は床を蹴った。
 右にはいる。じゃあ左は。銃口を向け、放つ。狭い通路内で銃声が反響する。その中から人の息遣いを感じ取った。
(全く、こっちはひとりだってのに……フェアじゃないねぇ)
 利き手でグリップを握り直した。通路中央の水路を飛び越え、向かって左手に立つ。視界に入った、壁の向こうから覗く手に照準を合わせる。合わせているのに撃っても当たらない。当たらないままその手はもやとなり、そして消えた。
 術師までいるのかよ、毒づきながら空になった弾倉を捨てる。ウエストポーチのファスナーを開け、新しい弾倉を出して装填する。更にナイフも引っ張り出して左手に収め、T字の交差点に出た。左右から銃声、右からのそれには銃で応える。左からのそれにはナイフを投げて牽制した。
 右にいた一人が後方に吹っ飛んだのを目の端で捉えた。左に視線を移す。二人、内一人は術師。鳥の目が光る。
 銃口を向けたが遅かった。風谷の銃は右腕ごと風の刃に斬り落とされた。血が飛び散る。バランスを崩す。何とか持ち堪えて足は前へ。飛んでくる銃弾は紙一重でかわす。しかし一発が左脇腹をかすめていき、視界が反転する。今度こそ倒れ込んだ。左足が水路に落ちたが胴体だけは死守した。
 間髪入れずに突きつけられる拳銃を、置き上がる反動で蹴り飛ばして水路に叩き落とす。そのまま体当たりを食らわせて頭から倒し、形勢逆転。喉元を爪先で抑える。もう一本引き抜いたナイフを投げ、頭上を飛び回る鳥を磔にする。術師に目をやる。
 その左胸を、右手で構えた拳銃で撃ち抜いた。
「ばれて、いたのか……」
 足元の男のかすれ声に、元通りとなった右腕をさすりつつ答える。
「ん、最初からね。こんな狭いところで魔術なんか使ったら、どう発動させるにしても、自分自身も巻き込まれちゃうでしょ。だったら妖術師だって考えるのが筋じゃないの」
 妖術師を倒せば術は解ける。また、媒体である妖鳥を倒すことでも術は解ける。妖鳥を仕留めた瞬間、腕は風谷の元へと返ってきていたのである。
「更に」もう片方の足で左手首を踏みつけて、「魔術師ならともかく、この国に妖術師はそんなにいない。いても城の中だろうねぇ。ということは」
 足の裏で手首を転がす。その甲には三本の絡み合った曲線が刻み込まれていた。
「“スペード”メンバーだな」
 喉を抑えつけられてまともに呼吸も出来ないのだろう。苦しそうな声で、しかし吐き捨てるように男は言った。
「もしかして……お前が、【砂遺跡の国】指令所の風谷か」
「そうだよ、覚えときな」
 足をどかして、喉を撃ち抜く。
「あの世じゃ役に立たない知識だけどね」
 T字路まで引き返し、その向こう側に倒れていた人間の息が残っていたことを確認した。動けないところを見ると放っておいても死んだだろうが、残りの全弾撃ち尽くして絶命させる。再び空になった弾倉を捨て、次の弾倉を装填して銃をホルスターに収めた。
 磔にした妖鳥のところへ戻る。ぐったりと壁に張り付いていた妖鳥からナイフを抜く。べしゃりと床に落ちる。妖鳥の血に濡れた刃を、ウエストポーチに入れておいたペーパータオルで拭う。汚れたタオルは丸めて犯人の上に投げ捨てた。牽制に投げたもう一本のナイフはどこに飛んでいったのだろう、水路に落ちたのだろうか。探していると、天井から砂がぱらぱらと落ちてきた。
 間を置かずに爆音、そして縦揺れ。
 水路の水が暴れ、風谷の無事だった右足を、三人と一羽の遺体を濡らす。立っていられなくなり、壁に背中を打ちつける。
「爆発!?」
 ナイフなんか探している場合ではない、天井が落ちてきたらそれどころではなくなる。ここから最も近い出口を思い浮かべる。走る。
 壁から生えている錆びついた鉄のはしごに飛びついた。壁にひびが入っているが、この程度なら大丈夫だろう。上り、マンホールのふたを押し開けると、いつも以上に酷い砂煙と喧騒に襲われた。
 上空を飛ぶ銀白色の鳥、それを追う砂のつぶて。それを見て、爆発の方はともかく、喧騒の中心が自分の養子であることはすぐに理解出来た。
「……ったく、何やってるんだあいつらは!」



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