16.


 黒髪に黒づくめのローブ、更には漆黒の鳥を肩に乗せた青年が、国の外れの道端でシートを広げていた。シートの上であぐらをかき、並べた壺に値札をつけている。その目はくぼんでくまが出来ており、顔色も悪い。そんな暗い印象を与える青年の前髪だけは、鮮やかな緑色だった。
 荷車を引いた男性が青年に声を掛けた。
「見ない顔だね。行商人かい?」
「ええ、北の大陸から香辛料を中心に売買してきたんです」
「ここらの自治区は珍しい香辛料を作っているからねぇ、いいものも手に入っただろう」
「そうですね、北汪に帰ったらいい商売が出来そうです」
 青年の受け答えは外見とは裏腹に爽やかで、声だけ聞いていれば好青年そのものだ。
「……ですが、この国では商売になりませんね……」
「ああ、タイミングが悪かったな」
 男性は今朝のニュースを思い出す。若かった国王が暗殺され、その子供、王子はまだ赤ん坊。世継ぎを誰にするかで王家は大騒ぎだし、王家直属軍も指令所の軍人も突然の出来事に対応が追い付いていないのが現状だ。
「その割には落ち着いているんですね」
 あまりにさらりとした男性に、青年は疑問を投げかける。
「この国は国民と王家の間に溝があってなぁ」
「溝?」
「そうさ」
 国民のほとんどが魔術師であるこの【砂遺跡の国】の体系は、数千年も前に民の先祖が作り上げた。当時はまだ【国】ではなく、自治区として何百年もひっそりと暮らしてきた魔術師たち。静かに暮らすことを彼ら自身が望んでいた。だというのに、その強大な術の力を抑えつけに現れたのが現在の王族の先祖である。抑えつけに――要するにこの力を危険視し、監視下に置きにきたのだ。
「当初は圧政というか、独裁政治というか。そんな歴史があるから、仲いい訳がない」
「そうだったんですか」
「だからこの国は排他的なんだ。俺もこの国から外に商売に出るから分かる。行商も長居するといいことないぞ」
 ふわっと、シートの上の壺がひとつ浮き上がった。誰も触れていないのに、その壺は男性の荷車の中に吸い込まれる。それに驚いたのか、橙色の羽根を散らしながら、鳥が車から顔を出した。
「ありがとうございます、それは助言をいただいたお礼ですよ」
「いや、こちらこそ……それよりあんたも」
「ええ、実はここの生まれなんです。まだ幼い頃に国を出たのでこの国の歴史のことはよく知りませんが」
 青年の肩の鳥が目をくるくると光らせる。青年が立ち上がりシートを降りると、壺を乗せたままシートは地を離れた。
「ですから、多少は魔術を使えるんです」
 青年が軽く右手を上げた。その先には細い吊り目が印象的な男性が。東方の占術師の衣装にも似たその服はところどころ擦り切れいている。聞けば、彼も青年と共に行商をしている、いわゆる仕事仲間なのだとか。旅商人という紹介で、異国の古ぼけた服にも納得した。
 吊り目の男は男性に会釈すると青年に話し掛けた。
「駄目だ、この国じゃもう仕入れは難しい」
「やはり外者には厳しいか」
 長い歴史の中で圧政を強いられてきたとはいえ、何だかんだで国を成立させてきたこの国の民が、大戦争後のこの平和な時代に暴動を起こしたとは考えにくい。国内の過激な反政府組織は指令所が目を光らせている。となると、犯人は完全な部外者ではないだろうか――そんな不信感がマーケットには溢れており、行商人を排除する空気が作り出されていたのだとか。吊り目の男は肩を落とした。
「商売にならないなら、移動するしか――」
 青年の声は途中でかき消された。
 轟音、そして熱風が襲いかかってくる。男たちは両腕で顔を覆い、青年は黒い魔鳥をかばう。シートは飛ばされ、香辛料の壺が砕け散る。
 王家直属軍が控える中に割入って殺害など、そんなことが出来るものは限られる。……そうだ。もしかしたら、不可視の能力が使える、例えば妖術師なら或いは……。
 立ち上る煙を見上げ、同時に銀白色の翼が視界に入った。その背には人間が乗っているようだ。その服は【東端の島国】民族衣装。
「国外から来た、妖術師……」
「そうだ、犯人はあいつだ」
 吊り目の男と目が合った。その人差し指が男性の額に触れる。細い目が見開かれ、灰色の瞳に見つめられる。彼の背後から鳩羽色の鳥が舞い上がった。
「この【砂遺跡の国】に災いをもたらす他所者は排除しなければならない。そうだろう?」
 バチッ!
 火花が散り、額に刺激を受けた。意識が遠のいていく。
 何も、考えられなく、なる――。

 荷車を置いたまま橙色の鳥だけを従えて、男性は走り出した。己の意思などなく、ただ、あの銀白色の妖鳥を打ち落とす為だけに。災いをもたらす他所者の妖術師を排除する為に。
「相変わらず怖いな、李樹の洗脳は」
 吊り目の男の正体は“スペード”構成員の妖術師、李樹。「このくらい造作もありませんから」と笑顔を浮かべ、彼の妖鳥、バンリの頭を撫でる。
「私は貴方の演じる好青年の方が怖いですね」
「言ってくれるじゃないか」
 皮肉を受け流し、黒づくめの男、孝元は巻き上がる煙を見上げた。
 マーケットにいた魔術師たちも、既に李樹の術にかかっている。皆あの二人――塔亜と騎左を潰しにかかっているはずだ。本来の予定であれば魔術師たちは指令所を襲わせるつもりであったのだが仕方がない。この二人がちょろちょろ動き回っていることの方が問題だ。上司である静から「殺さないようにね」と言われている以上、上手いこと捕獲しておかなければならない。
 そのあたりのコントロールは専門家である李樹に任せ、孝元は先ほどの爆発ポイントに向かう。この方角だと、静、蓮に合流した越村によるものだろう。奴なら放っておいても勝手に動いてくれる。孝元の仕事はもう一人の国内にいる魔術師、秦礼と合流し、国を覆う“壁”を破壊すること。
 進行方向前方に空気を圧縮させる。そこに踏み込む。高密度の空気は“乗られる”という刺激に反発する。破裂した空気は孝元を空高くに運んだ。
 着地したのは民家の屋上、砂が圧し固められて出来ている。砂を踏む感覚に違和感を覚えつつ、孝元は秦礼の居場所を探し始めた。



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