13.


 どうやら、城門前広場も立ち入り禁止らしい。赤いランプをテカテカ光らせ、濃紺に山吹色のラインの走った軍所有車が三台停まっているのが、人垣の向こうに見えた。国から許可を得、広場内で商いをしていた者も少なくなかった為、大通りには屋台をひいた商人たちが困り顔で溢れている。もちろんそれだけではなく、各国報道陣(さっそく国外からもテレビ屋がやってきている、ご苦労なことで)や噂好きの野次馬まで。いつもはどのような状況かなんて、初めてここを訪れた塔亜たちが知るはずもないが、おそらくはより多くの人間が集まってきているのだろう。
 こう人が多くてはバイクも飛ばせない。振り向くと荷台の上で無愛想な顔が頷いたので、通りをはずれて建物の隙間にバイクを押し込んだ。「基本はスリーロック」とか何とか言いながら鍵をガチャガチャ掛ける。せっかく改造に改造を重ねたバイクを盗まれては堪らない。
「よし」
 塔亜は両手をはたくと騎左の隣に立った。目を閉じて気持ちを落ち着かせていた騎左だが、塔亜の気配に細く目を開く。ゼファの額が赤く輝く。
 鈴が震えるかのごとく大気が動いた。目の奥で白い光が見えたのも一瞬で、すぐに先ほどと同じく、自分たちは細い通りに立っている。
 騎左の“不可視の術”が発動したのだった。
 発動前と何ら変わらないのでいつも不安になるのだが、だから試しにわざと人の前に出てみるのだが、相手の方はやはりこちらが見えていないらしくまっすぐ突っ込んでくる。慌てて避ける。やはり自分は、しっかり術をかけられているらしい。他の術はともかくこの姿を消す術だけはどうにも不思議で、一年以上も騎左と行動を共にしているにもかかわらず、未だに塔亜は納得出来ないでいた。
「何か気持ち悪いね、コレ」
「文句でも?」
「ん、別に」
 両脇にそびえる砂の壁の間で窮屈そうにしながらも、ゼファはその身を大きく伸ばした。その背で騎左が両翼の付け根を掴むと、妖鳥の鉤爪は地を離れる。爪で反射した鈍い光が塔亜の目線より高くなったところでゴツゴツした足を両手で握る。風が巻き起こり、黄砂が剥き出しの皮膚を叩く。妖鳥の大きな翼は重力に逆らい、澱んでいた壁の隙間の空気を掻き回した。
 人の目で見えなくなるだけの術であり、物質そのものを消してしまうものではない。だからどうしても影だけは消せないし、それは仕方ない。ゼファは空を移動する厚めの雲の流れに沿って、ゆらりゆらりと飛んでゆく。
「うわ、あんなに人が居たんだ」
 空から見て、思わず感想を漏らす塔亜。騎左もゼファの翼の下を覗き込む。広場入口に人が近付かないよう見張る軍人。カメラを手にし、マイクを突き出すテレビ屋たち。更にそれを取り巻く人々と屋台。あまりの数に驚く。あのまま地表にいたら、今頃は人の波で溺れていたかもしれない。
 そこから視線を動かす。
 眼下に広がる国は砂色で、また、周囲の砂漠から吹き付ける砂風のおかげで大気まで砂色で。歴史的観点から言えば、巨大岩の遺跡の時代に最も栄えたこの国はとうの昔に盛りを過ぎており、今やもう枯れている。唯一何かあるとすれば、戦後発見されたほとんど手付かずの油田くらいか。これを少しずつ掘り出し輸出しているのと、遺跡調査をする為滞在している学者や観光客等からの収入が主であった【砂遺跡の国】。この国を“組織”が潰し、仮にこの地を得たとして、何が彼等の益となるだろう。石油か? 本当にそうか?
 そんなヤスイものを彼等が求めるだろうか。
(否、だ)
 騎左はそう結論する。塔亜も、もちろん軍人たちだって同様だろう。
 三ヶ月前に滅ぼされた【珊瑚礁の島国】は、周辺諸国の対応が遅れて“組織”の手に落ちた。と同時に、島国の領有していた海域までも“組織”の領域となった。それからである、島に近付いた船が次々と原因不明の暴風に襲われていったのは。軍本部からの命が下り、重装備の戦艦が何隻も島へと向かったが、戻って来たのはたったの二隻だった。近付こうにも不可能なのだから予想するしかないが、“組織”の何者かが魔術を使っているとみてほぼ間違いないだろう。
 大海である朱海の中心に位置する【珊瑚礁の島国】周辺を迂闊に通ることが出来なくなった、すなわち、海上交通網が分断された――。
「【珊瑚礁の島国】の時は、島そのものよりも、その後海上事情を掻き回すことが目的だった。実際、あの辺りの狭い海峡を塞がれて近隣の国は思うように船が出せていない。今回も、この国を滅ぼすことはせいぜい“おまけ”でしかないのだろう」
「俺もそう思う……けど、だったらどんな理由がある?」
「そこ、だな。問題は」
 北阿地方と南欧地方の境にある【砂遺跡の国】を滅ぼしたとして、確かに北阿と南欧の繋がりを断つことは出来るだろう。しかし北阿諸国には悪いが、彼等が【港の国】を始めとする先進国から食料物資等を受け取れなくなるくらいで、その他に特別何かがあるとも思えない。北阿諸国はほとんどが発展途上にあるし、弱い国を叩くのは、全世界を揺るがそうとする“組織”からすればたいして意味のないことなのだ。
 ふと、ゼファが前進をやめた。慣性がはたらき、足に捕まった塔亜が弧を描いて大きく前に揺れる。余計な力が加わって振り落とされそうになったが何とかしがみつき、「落ちたか?」なんて声を掛けてきた騎左には「ンな訳ねーだろ何すんだ突然!」と元気に噛み付いた。
「どうしたんだよ」
「進めないようだ」
「はぁ?」
 地上で、広場の中で、濃紺たちが忙しなく動いているのが見える。が、遠くからでは何をしているかなんてろくに分からない。もっと近付いてみたいのに、何を言うんだ何を。
「……魔術だな」
 独り言のように呟き、続けて騎左は「降りろ」とゼファに命じる。徐々に高度が下がり、塔亜、騎左と着地。ゼファは拳大の大きさとなって、いつものように騎左の肩に収まった。
 進めないだとか魔術だとか、そんなことを言われても塔亜には分からない。畑は違えど騎左だって“不可視の術”を扱う者。何となく何かを感じ取ることは出来るのかもしれないが、こっちはただの人間、妙な能力なんて欠片ももっていないのだ。対象が肉眼では捉えられないのだから尚更である。試しに広場を囲む砂壁の方――いや“見えない壁”とやらの方へ手を伸ばしてみた。
 腕を包み込む空気がぐっと重くなる感触、そして。
「ッ!」
 ぶわりと風が巻き起こった。足の裏が地面から離れ、腹の下の温度が下がる。周りの景色が逆さまに映る。条件反射で両手足を突き出し、四本の柱で何とか再び地面に辿り着いた。
「何!? 何なの今の!?」
「魔術」
「分かったよそれは!」
 知りたいのはそんなことではない。誰が、何の為に、“見えない壁”を?
 冷静になって考え直してみる。壁を必要とする人物とは、その理由とは? 考えが頭の中でぐるぐると回る。塔亜と騎左、各々の考えが電車のレールのように繋がっていき、最後には同じものに到達した。



 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ