8.


 大声と武器ですっかり怯えてしまった子供たちを何とか宥めてとりあえず寝かしつけるまでに、それなりに時間を要した。急に人間が空から降ってきたのだ、気も動転するだろう。さすがに悪いことをしたと思う。
 住居代わりに使用している大型バスの座席で横になる子供たちの背中を軽く叩き、峰葉は騎左と塔亜を振り返った。
「すみません、私のせいなのに、こんなことまでお手伝いいただいて」
「いや、別に」
 彼女の気持ちが分からない訳ではない。突然武器を持った人間が現れて、得体の知れない相手と通信をして。騎左が彼女の立場だったら同じように警戒する。
 改めて塔亜が峰葉に向き直った。
「俺たち、ちょっとこの島のこと調べてるんだ。だからあんたの話聞けたらと思って」
「ここを攻撃しようとか、ここで争うとか、そういうおつもりは」
「それは……」
 ない、と言いかけて、騎左はいったん口を紡ぐ。峰葉の目を見る。彼女の目が騎左を探っている。おそらく嘘は通じない。
「……ないとは言い切れない。お前の回答によっては、そうなってしまう可能性もある」
「つまり」
「しかし約束することは出来る。子供たちの安全は、俺が約束しよう」
 慌てたように「おい、勝手な……」と言う塔亜を手で制する。ここで言い切らないと、きっと峰葉は納得しないだろうから。
「そんなお約束が出来るなんて、あなた方、何者ですか?」
 さすがに世界軍の人間だとは言えない。
「それは規則上明かせない」
「そうですか……でもそれが出来るような立場の方なのですね」
 左目だけでなく、眼帯に隠れる右目でも騎左の思考を見透かしているような、そんな錯覚すら覚える。足元がふわふわと浮いてくるような不思議な感覚に襲われ居心地の悪さを覚える騎左に、峰葉はうんうんと頷いて見せた。
「分かりました、一旦信じましょう」
 二人を手招きしながらバスを降りていく。ここで話を続ければ、せっかく寝た子を起こしかねない。塔亜もおとなしく峰葉についていく。騎左は降りる前に丸くなるゼファを羽織で包み、そして一度車内を振り返った。座席最後列で誰かが横になっている。呼吸は規則正しいし、不自然なくらいに動かない。
(……)
 口を開きかけて、やめる。峰葉と塔亜の姿が見えなくなる前に騎左も二人を追った。
 案内されたのは廃車の壁に半分埋もれたキャンピングカーだった。積み重なる廃車の下敷きになりながらも、奇跡的に潰されず車内空間が保たれている。バスと比べて比較的綺麗だし、促されて座った座席のクッションは潰れておらず柔らかい。車内には表紙が取れかけてぼろぼろな絵本やつぎはぎだらけのぬいぐるみが置かれていた。
「病気の子が出たら他の子に移らないようにここで寝てもらっているんです。そういう場所だから子供たちはあまりここに近付きません。わたしたちだけで話が出来ますよ」
「そうか。助かる」
「それで……」テーブルを挟んで向かいに座る峰葉が身を乗り出し、「おふたりは“クラブ”と名乗る方々の関係者なのですか?」
 やはりな、というのが彼女の発言に対する正直な感想だった。白昼堂々勤務中の軍人を襲うような連中である。抗議の意を示す為に派手な行動を取る。それにつれて注目が集まり、報道され、知名度も上がる。この国の人間なら一度はその名を耳にしているだろう。そして武器を持ってうろついているような人間は、もしかしたら“クラブ”の……と思われても当然だ。
「違う」
 もちろん否定する。
「逆だ。俺たちは“クラブ”を追っている」
「なぜ?」
「知人と“クラブ”の人間との間にトラブルがあった。何があったのか、詳しいことを知りたくて調べる内にこの島に辿り着いたんだ」
 騎左たちと同じ軍人が“クラブ”の人間に襲われた。そして与えられた任務は“クラブ”主導者の確保とチームの解体である。決して嘘ではない。
「本島からこの島へ来るには地下通路を通るしかありません。そして地下通路は“クラブ”の方が常に見張っていて、メンバー以外は通してくれない。“クラブ”関係者ではないのなら、あなた方はどうやって」
「見ただろう、銀色の鳥。あれで飛んできた」
「なるほど」
 騎左の膝の上で丸くなる羽織を見て峰葉が頷く。
「騎左さんは妖術師、妖鳥の力があったからここへ来られた、と」
「ああ」
 峰葉の語る『地下通路』は風谷から聞いた情報と一致する。そして“クラブ”の人間しか通れないというのであれば。
「峰葉は“クラブ”の関係者なのか?」
「いいえ」
「ということは、ここへは魔術で?」
「ええ、仰る通りです」
 ガラス片を一瞬で変形させられるような魔術師である。大気を操って自身を浮かすことくらい造作もないだろう。ただ海を渡る間それをし続ける為には相当な集中力を要するはずで、彼女が訓練を積んだ魔術師であることが窺える。
 そして魔術師なら、必ずアレを連れているはずだ。塔亜が峰葉の右手を見る。
 広がった服の袖から再び“にゅるり”と黒いものが現れる。それは一度銃を形作り、そしてまたすぐに形を崩す。ぐにゃぐにゃと変形しながら最終的には鳥の鉤爪となり、峰葉の両手に収まるほどの、樹木の幹に似た深い茶の鳥が顔を出した。
「やっぱそれ、魔鳥だったんだな」
「ええ。チモといいます。お気付きでしたか」
「うーん、気付いてたっていうか」塔亜が首を横に振り、「見たことない銃だったし見た目より軽そうに持ってたから本物じゃないだろうなとは思ってた。魔鳥だって分かったのは銃身掴んだ時」
 魔鳥は妖鳥と違い身体のサイズを自由に変えることは出来ないが、嘴や鉤爪等を変形させたり硬質化させる能力をもつ。その程度は騎左も知識としてもっていたが、それを目にするのは初めてだった。
「わたしはもともと、この島にいる子供たちを支援する為にここへ来ていました」
 こんな劣悪な環境でも子供たちは生きている。子供たちが成長して大人になった時、彼らにどのような道があるだろう。彼らの多くは物心がついた頃からこの島にいる。このごみ山の外を知らない。このままでは子供たちは、こんな切り離された狭い世界で、国から見捨てられた場所で、社会から認知されないまま生涯を終えることになるかもしれない。
 そんなことがあっていいのだろうか。
 しかし子供たちはこのままでは本島では生きられないかもしれない。教育を受けていることが大前提の【西端の島国】で、教育を受けないまま大人になった彼らに何が出来るだろう。仕事を得ることは出来るだろうか。
「ですから少しでも今後の糧になればと、簡単な読み書きや算術など教えていたのですが……」
 少し前から地下通路が使えなくなった。常に人が見張っているのである。通ろうにも関係者以外は通さないと言う。仕方なく峰葉は地下通路を諦め、魔術で強引に島へ飛ぶようになった。
 島へ渡って気付く。もともとこの島にいた浮浪者たち以外に、見知らぬ人間が増えた、と。
 彼らは訳あって全てを失いここへ流れ着いた大人たちとは違う。目の奥に何か恐ろしいものを抱えているような、強い炎を燃やしていた。何かに対し強く反抗する意思を持ち、力を蓄えているようだった。
 それが“クラブ”だと気付くまで、そう時間は掛からなかった。
“クラブ”が現れたのは本当に最近。ここ数日で急に目立つようになったと峰葉は言う。おそらくもともとここを使っていたのではなく、これから始める何かの為にここで集合しているのだと推測出来る。
「人が増えた以外に、ここ数日で何か変化はあったか?」
「わたしもずっとここにいる訳ではありませんので、何とも……ですが、廃棄物の回収車を見かけることが増えた気がします」
 本島から定期的にやってくる廃棄物回収車は、この島にこっそり捨てたいものを運び込み、代わりに浮浪者が拾い集めた鉄屑を買い取ってまた戻っていく。それが増えたということは廃棄物が増えたか、あるいは廃棄物回収車を装った別物で、ごみではない何かを運んでいるとも考えられる。
「その車ってのは、この島に来てどこか決まった場所に行くとかあるの?」
「たいてい地下通路の入り口近くで鉄片の買い取りをしています」
 ということは、それ以外の場所で見かけたらただごみを捨てに来た訳ではない可能性があるということだ。
「毎日来るの?」
「いえ、不定期です」
「そうか……」
 しばらく様子を窺う必要がありそうだが、得るものはあった。風谷の言っていた通り“クラブ”がここを出入りしていて、しかも何か計画しているような動きを見せているなんて情報が出てくるとは。完全に風谷の推測の裏取りをさせられている。風谷の手の上で踊らされているようで、どうにも気分が悪いなと、騎左は口をへの字に曲げた。
“クラブ”のことが分かったついでだ。
(彼女のこともはっきりさせておこうか)
 魔術を扱えるのは通常、王家に仕える直属軍の家系及びそれに近しい血族に限られる。一族を離れ他の血が混ざっていけばその能力は弱まりいずれ失われてしまう、というのが通説だ。魔術師が興した【砂遺跡の国】は魔術師だらけだったがあんなのは例外である。しかし峰葉は、正確に騎左たちを狙ってガラス針を飛ばし、魔鳥にあそこまでの変形をさせられるほどの能力をもつ。それに彼女の衣服はごみ溜めに不釣り合いなほど上等で、立ち居振る舞いや言葉遣いからは高い教育を受けたことと育ちの良さが窺える。
 おそらく、彼女は。
「これは答えたくなければそう言ってもらって構わないが」
 前置きして、騎左は峰葉の目を見た。
「お前の慈善活動は本当に正しいのか? それが子供たちの為になることなのか?」
「それは……」
「お前は慈善活動を『罪滅ぼし』と言った。それがずっと気になっていた。そこまで言うのであれば、もっと別のやり方があるはずだ、やれるはずだ。そうだろう?」
「わたしは」
 峰葉の声のトーンが落ち、目を伏せる。唇を噛む。
 言い方を間違えただろうか。騎左が己の言葉を振り返ろうとした時だった。
「おい!」
 キャンピングカーの扉をドンドンと叩く音に子供の大声が被さった。何事かと見れば、子供がこちらを覗きながら何やら喚いている。峰葉が黎武と呼んでいた子だ。
「黎武! どうしたのですか」
「峰葉が全然戻ってこねーから見に来たんだよ! そしたら何か困った顔してんじゃん!」
 手に持っていた棒切れを振り回して先を騎左に向ける。
「またおめーらかよ! 峰葉に何したんだ、謝れよ!」
「何もしていない。話をしていただけだ」
「うそつけ! へんてこな服着てるくせに。おめーぶちのめすぞ!」
 随分と物騒で生意気な物言いである。これは分からせてやらないといけない。ゼファを塔亜に預けてキャンピングカーを降りる。焦った峰葉がついてこようとしたが手で制止する。
「やれるものならやってみろ、ガキ」
「誰がガキだ!」
 大きなモーションで振り下ろされる棒切れは軌道が見え見えだ。小刀の鞘で適当に受ける。黎武が突っ込んできた勢いを利用してくるりと転ばせ、棒を取り上げる。今度は騎左が黎武に棒切れを突きつける番だ。
「で、まだやるか?」
「……っ、返せ!」
 騎左の手から棒切れをもぎ取って再び振り回し始める。案の定諦めの悪いガキだ。騎左は小刀を構え直した。
 キャンピングカーの窓からその様子を見て、峰葉はくすりと笑った。
「子供がお好きなのですね」
「は?」
 予想外の言葉に、塔亜は思わず間抜けな声を出してしまう。
「誰が? あいつが?」
「ええ、騎左さんも、それに塔亜さんも。先ほど子供たちを寝かしつけるのも慣れていたようですし。小さなごきょうだいがいらっしゃるのですか?」
「いや。あー……俺たち孤児院で育ったから。年下のチビたちの面倒は見てたし、そういう意味じゃ、あいつらが弟や妹みたいなもんだったな」
「そう……なのですね」
 想定外の答えだっただろう。峰葉は塔亜から視線を外し、外を見る。
「でも、わたしには分かります。おふたりは、お優しい」
「……多分、ちょっと違う。ほっとけないだけなんだよ……特にあいつはな」
 話しながら塔亜は、手首に嵌めたバングルに指を滑らせた。



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