7.


 仲間とすれ違う度に話題に上がる。
「見たか?」
 言葉にして確認しなくても分かる。“新顔”が現れたらしいのだ。
 ひとりはくすんだグリーンのコートを着た金髪。髪は脱色しているようで、生え際からはおそらく本来の髪色、濃茶が覗いていた。中途半端な髪の上にゴーグルを乗せ、腰に下げたホルスターには銃が収まっている。
 もうひとりは極東の民族衣装のようなものを身につけていて、髪もあちらの人間に多い黒色。カタナとかいう東洋の剣を持っていることから察するに、噂に聞くサムライというやつかもしれない。
 二人ともまだ子供、十代だろう。尾の長い銀白色の鳥を連れていたという話だが、ペットか何かだろうか。
 姿が確認されたのはごく僅かな間。見かけた者の話によれば、島をうろつくガキ共と話をしていたらしい。
 ここへの出入り口はたったひとつ。そこには常に見張りがいるし、奴らが通ったなんて話は聞かない。となれば、奴らはいったいどこから、どうやってやってきたのか。奴らは何者なのか。
 服装から判断するならば奴らは国外からやってきた人間、訳あってここへ辿り着いた“ごみ”とは違う。
 奴らは何をしにここへ来たのか。
 適切に判断する必要がある。



   ◆



 日を改めて、例の島をゼファの背から見下ろす。本当にガラクタ――いや、ごみの山だ。太陽の熱がごみに降り注ぎ、温められた空気が上昇気流を生む。刺激臭が騎左の鼻の粘膜を襲う。背後から塔亜の呻き声が聞こえる。奴も同様悪臭と戦っているらしい。
 今日は上陸したらすぐに妖術を解いて、ゼファには島を離れてもらうつもりでいたのだが、こんな上空まで悪臭が広がっているのでは意味がないかもしれない。どうするか……考えている内に目的のポイント、廃車の壁が見えてきた。目標は峰葉だ。風谷の話を踏まえた上で彼女と会話すれば重要な手がかりが得られるかもしれない。というより、この島をむやみにうろつくよりは彼女から聞き出した方が手っ取り早い、可能ならあまり歩き回ることをしたくない、というのが本音である。懸念点を挙げるとすれば、峰葉はおそらくこの島の住人ではないだろうから必ずしも見つかるとは限らないということだが、その場合は彼女と一緒にいた子供たちに声を掛けてもいい。空振りにはならないだろう。
 どう動くかはその場で判断するとして。騎左は改めて壁を見下ろした。色も形も、製造された時期も様々な自動車が一緒くたに積み上げられた壁はあまりにもいびつで、少しの衝撃で全てが崩れてしまいそうな危うさがある。それを強く印象づけているのが壁上部から突き出ているバスだ。潰れた運転席を下にして垂直に立てられている。ゆらゆらと僅かに揺れていて、今すぐに倒れたとしてもおかしくはない。こんな危険な場所で幼い子供が十数人過ごしているという事実から、この国が抱える問題が見えてくる。
「何だ、あれ?」
 身を乗り出した塔亜が腰のホルスターに手を伸ばす。騎左も大刀の柄を握る。
 バスのリアガラスの上で、長髪の少女――峰葉が銃を構えていた。
(まただ)
 妖術で姿を消しているはずの騎左たちを、峰葉の銃口はまっすぐに捉えていた。ゼファが風に煽られ上下すれば銃口もそれに合わせて動く。照準はぴたりと合ったまま。まずい。ゼファの腹を軽く蹴ってスピードを上げさせる。彼女の背後に回り込もうとしたが、こちらの動きに合わせて身を翻されそれも出来ない。まさか見えているだけでなく、動きまで予測しているのか。
 塔亜が騎左の目を見て頷く。騎左も同様に返し、近付いたところでゼファの背から飛び下りた。倒立バスの運転席近く、ボンネットが凹んだ自動車の上に着地して刀を抜き、峰葉を見上げる。
「どういうつもりだ!」
「それはこちらの台詞です! 武器まで持って、あなたたちいったい何者ですか!」
「それは……」
 どう答えたものか、言葉を詰まらせたのがいけなかった。峰葉の目つきが鋭くなる。
「あの時の通信の相手は誰、あなたたちの背後にいるのは何なのですか」
「俺たちは」
「誰かと通信して、急にここを去ったかと思えばまた現れた。何の為に? ここへ何しに? 目的は何?」
 彼女の視線は、銃口は、騎左を向いている。狙い通りだ。上空ではゼファと塔亜が彼女の死角に回って銃に照準を合わせている。
 ――しかし。
「ここを戦場にするつもりなら、わたしはあなたたちを全力で排除します!」
 硬い高音が響いた。峰葉の立つリアガラスが割れたのだ。峰葉がバス車内へ落ちていく。砕けたガラスは四方に散り、そして騎左に襲いかかってきた。後ろに跳びながら避けるがいかんせん数が多い。羽織を脱ぎ眼前で広げて振り下ろし、何とか受け流した。
 羽織に刺さったのは針状のガラス片、割れたそのままの形ではない。ガラスを変形させて攻撃、そんなことが出来るなんて。
(あの女、魔術師か)
 散らばったガラス針が再び浮き上がる。針先が空を向く――まずい!
「ゼファ!」
 騎左が叫ぶよりも早く、針は妖鳥目掛けて飛んだ。身を捻って回避はしたが、ゼファの背でバランスを崩した塔亜は耐えきれなかった。投げ出され、廃車の壁の中に落ちていく。ゼファもそれを追う。下ではあの子供たちが駆け回っている。彼らにはこちらの姿が見えていない。太陽が昇りきっていない今の時間帯、壁の内側は日陰だ、塔亜たちの影も落ちない。塔亜に気付けるはずも、逃げられるはずもない。このままでは子供たちの上に墜落しかねない。
 やむを得ない。妖術を解く。急に現れた塔亜とゼファに、子供たちの表情が凍りつく。驚いて座り込んでしまう子供も、頭を抱えて蹲る子供もいる。
 考えるより先に身体が動いた。刀を収め、廃車の窓やサイドミラーに手足を掛けて下りていく。もちろんこんなことをしても間に合わないことくらい分かっている。それでも何もしない訳にはいかなかった。
 頭上でまたガラスの割れる音がした。バスの窓を突き破った峰葉が、落下するより早く飛んでいく。ゼファよりも塔亜よりも先に辿り着き子供たちの肩を抱き寄せた。
 突如、強風が巻き起こった。割れた窓に手を掛け両腕で身体を支えながら首を回す。視界の端で塔亜の身体が風に押し戻されていくのが見えた。空中で弾んだ塔亜は何とか腕を伸ばし、ゼファの鉤爪を掴む。ゼファの背中によじ登る間に風は収まり、墜落を回避した彼らは無事地面に下り立った。騎左もそこに着地した。
 子供たちを抱えながら、それでも峰葉は銃を下ろさない。彼女の銃口が、彼女の眼帯に覆われていない左目が、騎左と塔亜を交互に捉える。
「……俺たちは、戦いに来た訳じゃない」
 騎左の言葉にも首を横に振る。
「その根拠がどこにあるのですか」
「すぐに信じろとは言わない。ただ、今はそれをしまってくれないか」
 一歩、二歩、塔亜が峰葉に歩み寄る。
「あんた、初めから撃つ気なんてないんだろ?」
 塔亜の手が銃身を掴む。銃身がびくりと動いた。
「これ、銃じゃない」
 足元に転がるガラス片をブーツで踏みつける。
「本当はこっち。わざとガラス割ってばらまいて、さっきみたいに飛ばすつもりだった。違う?」
「……!」
「でも、やめた方がいい」
 塔亜の視線が峰葉の腕の下に落ちる。峰葉もそれを追う。
 峰葉にしがみつく子供たちの手は震え、目には涙が浮かんでいた。
「悪ぃな、怖がらせるつもりはなかったんだけど……」
 ばつの悪そうに塔亜が頭を掻く。峰葉の右腕がゆっくりと下りる。握られていた銃が“にゅるり”と形を変え、袖の下に消えていく。峰葉の手は銃の代わりに、子供の手をそっと握った。



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