6.


 テーブルに並べられたのは三枚の写真だった。
 まずは軍服を着た青年。名前は羽矢詞、【西端の島国】指令所に配属されたばかりの新人で、今回の襲撃事件の被害者だ。今日の午後は彼の先輩にあたる守杜と二人で市街の巡回任務に就いており、その最中に背後から金属棒で殴られた。
 二枚目の写真に写っているのは事件現場の写真。大通り脇の歩道で、風谷曰く日中は行き交う人が多いらしい。
 最後はTシャツにジーンズ姿の若い男、事件の犯人である。名前は曽保。その場で守杜により取り押さえられ、既に指令所に移送済み。羽矢詞と面識はなかったことから、羽矢詞個人を攻撃したのではなく世界軍に対する反抗意識から起きた事件だろうというのが概ねの見解だ。
 というのも、先日【港の国】での一件が世界中に報道され、世界軍の不手際を指摘する声が上がっているのである。あの事件は世界軍と反政府組織――“スペード”の衝突が大きくなり、一国家を巻き込む形となってしまった。もしも世界軍の対応がもっと違っていたら、もしも事件が大きくなる前に対応出来ていたら、あんなことにはならなかっただろう。そう指摘する有識者は何人もいる。そして、機能していない組織なら存在する意味がないと、世界軍不要論を唱える者もいる。
 中でも過激な思想――“スペード”に賛同する者まで現れている。集った彼らは“スペード”にあやかって“クラブ”と名乗り、世界軍に対して抗議活動を行い始めていた。
「この犯人も“クラブ”の構成員だったって訳よ。悲しいねぇ」
「そんなことになっていたとは……」
【港の国】での一件からさほど日は経っていない。短い間にここまで状況が変わっていたとは。風谷の言葉に汰施は深く息を吐いてうなだれ、維遠は無言で首を横に振った。
 さて、現状を把握したところでここからが本番である。
 現在曽保の事情聴取が進められている最中だが、これだけでは終わらない旨の発言をしているらしい。“クラブ”が次に何か事件を起こす前にこちらも手を打たなければならない。
 具体的には、“クラブ”本体を叩く。
 世界軍への抗議活動そのものは罪ではないし、抗議は民に与えられた自由である。しかし更なる犯罪を仄めかされたとなれば話は別だ。このまま野放しにしておく訳にはいかない。“クラブ”が犯罪組織に成長してしまう前に芽を摘んでおく必要がある。
「それで?」
 騎左はソファの背に体重を預ける風谷を見遣った。
「そう言うってことは、お前の中である程度計画があるんだろう?」
「察しがいいね」
「早く言え」
「せっかちだね」
 ゆっくりと身を起こして、風谷は再び汰施に指で指示を出す。大判封筒からもう一枚紙が出てくる。【西端の島国】の地図だ。
「“クラブ”の連中の秘密基地、だいたい目星がついてんの」
 そう言って風谷が指差したのは【西端の島国】の外、何もない海の上。
 塔亜が目を見開いて手首のリストバンドに手を伸ばす。画面上で地図を開く。間違いない。ついさっきまで騎左たちがいた島だ。
「びっくりしたよね。事件の報告があって、急いでお前さんたち呼び戻さなきゃと思って探したら――あ、言ってなかったっけ、その端末発信器ついてるからそれで探したんだけどさ。まさかよりによってあの島にいるなんて思わないじゃない」
 ああなるほど、納得した。あの時の通信で維遠の声がやたらと緊張しているように聞こえたのは、そういう理由もあったのか。
 かつてこの国で自動車産業が盛んだった頃。先ほど上空から見た自動車工場では多くの自動車が作られたが、一方で不要となった自動車が同じくらい捨てられた。生産終了となった車種のパーツ、それを製造する為の機械も捨てられた。それらを捨てる為の場所として用意されたのがあの島だ。自動車産業が発展すればするほど廃棄物処理が追いつかなくなった。処理出来ないならそのまま捨てていくしかない。国土の外、海の上まで持ち出して捨てた。大量の廃棄物は海を埋め立て、やがて島となった。より人目につかずに捨てられるよう島までの地下通路が掘られた。
 自動車産業は国主導のもと進められてきたもの。その廃棄物から出来たあの島は、【西端の島国】が生み出した闇といえよう。
 国を支えた産業の負の側面から目を背けた結果、あの島は遂に国土として認められることなく、地図に載ることもなく、いつしか国中の不要物が流れ着く場所となった。【西端の島国】領土ではないということは、国の法律が適用されない無法地帯ということ。“クラブ”はそこに目をつけた。あの島でなら何をしても罪に問われることはない。【西端の島国】へ戻る際に違法なものを身につけていなければ何の問題もないのだ。それが分かっているから“クラブ”の連中は堂々と地下通路を移動する。“クラブ”の動きを把握出来ても、世界軍は彼らに介入することが出来ないのだ。
 ――世界軍『表部隊』は。
 表と別系統、別規則で動く裏部隊を縛る枷はない。裏だから出来る仕事がある。
「無法地帯に上陸して“クラブ”主導者の確保とチームの解体」
 自らが定めた法など関係ない。
「これが俺たちの初任務」
 これが、世界軍裏部隊。
 騎左たちの所属する組織だ。
【西端の島国】から島へ移動するのに、地下通路は“クラブ”が抑えているから使えない。海を渡ろうにも日中明るい時間にボートなんか出せば目立ってしまうし、夜中にそんなことをするのは危険だ。その点騎左の妖術とゼファは都合がいい。姿を消して空から移動する人間がいるなんて“クラブ”も思っていないだろうから。
「だから騎左と塔亜はもう一度あの島に行って調査してほしいんだけどさ。それとも、もう何か掴んでる?」
「……いや」
 あそこにいたのはごみを漁る浮浪者と孤児、そして峰葉という女。もしかして峰葉は“クラブ”のメンバーだったのか? その割には他に仲間がいるようには見えなかった……むしろ単独で行動しているようだったが。
 塔亜を見ても何も言い出そうとしない。不確定な情報だ、彼女のことはまだ報告する必要はないだろう。
「そういう目線で見ていないからな、何とも言えない」
「ま、そうだよね」
 話をしている間に完全に日は沈んだ。今日はもう遅い、行動するのは明日からにしよう。汰施の提案に皆頷く。何だか疲れた。とりあえず横になりたい。訴えると風谷は人差し指を立てた。
「この上に部屋があるから。好きに使って」
 風谷が入ってきた扉の向こうには、部屋同様臙脂色の絨毯が敷かれた階段があった。絨毯が足音を吸い、踊り場のシャンデリアがちらちらと明かりを散乱させる。何だか落ち着かない。
 言われた通りひとつ上の階に上がると扉がふたつあった。左側は鍵がかかっていたが右側はレバーが下がる。押し開けると、白を基調とした部屋にベッドがふたつ並んでいた。こちらを使えということらしい。二人入り、更にゼファが翼を広げても余裕がある広さだが、なぜか窓がなく多少閉塞感がある。そういえば下の部屋も窓がなかったが、元の用途――シェルターとしての機能の為だろうか。
 まあ、そんなことは今はいい。それよりも少し休もう。塔亜を振り返ったが、奴は騎左の横を通り過ぎ、更に階段に足を掛けた。
「おい塔亜、部屋はここのようだが」
「ちょっと気になってさ」
「何が」
 訊ねると塔亜は指先でリストバンドを叩いた。
「さっき地図見た時、変だと思って」
 言いながら階段を上っていく。騎左も後を追う。
 あの島が“クラブ”の拠点と聞かされて地図を確認した塔亜には、もう一点気付いたことがあった。自分たちの現在地を示す点もまた、【西端の島国】の国土から外れた場所にあったのだ。
 階段を上り切り、通路の壁に固定されたはしごを上る。天井の跳ね上げ式の扉を持ち上げる。隙間から潮の香りと波の音が流れ込んでくる。ああ、そうか。だから窓がなかったのか。扉を完全に開けて頭を出す。
 目の前に広がっていたのは夜の海。波の向こうに見えるのは【西端の島国】中心地の明かり。
 このシェルターもまた、【西端の島国】から離れたところに位置する地図にない小島だったのだ。
 シェルターは跳ね上げ式の扉部分を除き土で覆われ、海面近くは岩で固められていた。土部分は雑草で覆われ、木も何本か植えられている。近くを船で通ったくらいではシェルターだとは気付けないだろう。
「これは、すごいな……」
 塔亜に続けて騎左も“上陸”する。羽織の袖から顔を出したゼファが飛び上がり、大きく翼を伸ばす。
「こんなものまで用意して、そこまでしてこの国の王様は生き延びたかった。生きてやることがあったってことだろ」
 座り込みながら塔亜が首を横に振る。騎左は頷いてその横に腰を下ろした。
「一国の王だからな。その命には責任がつきまとう。成すべきことがたくさんあったんだろう」
「周りがそれを望んだってことか」
 じゃあ――塔亜は騎左を横目で見る。
「お前はどうなんだよ」
「何が」
「またあの島に行けって言われたんだぞ。お前はいいのかよ、それで」
 日中の光景がまぶたの裏に蘇る。高く積まれたごみの山。そこを掘り返す大人。ほつれた衣服を身につけて走り回る子供――。
 深く息を吸って、吐き出す。唾を飲み込んで塔亜を見返す。
「行くさ。それが俺の成すべきことだから」
 よかった。声は震えていない。



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