1.


 静かに受話器を置いた。椅子の背もたれに体重を預け、額を右手で覆う。顎のラインで切り揃えたストレートの青髪が揺れる。
 少し前から違和感はあった。それも、公私ともに、である。特に実害がない為放置していたが、それゆえそれらは綺麗に片付くことがなく、今もわだかまりを残している。落ち着かない。
 そんな中、また面倒事が舞い込んできた。
「何だっていうんだ、全く……」
 この世界は、世界中は、変化を続けている。変化を強いられていると言った方が正しいかもしれない。その変化をよい方向へ導くのが世界軍の役目ではあるが、『よい方向』が変革の渦中にあれば、導きの方針は迷走する。迷走はやがて争いに変わる。かつて大規模な戦争を二度と起こさない為にと作られた軍組織が戦争の火種を作っているなど、とても笑える冗談ではない。
 自分は何の為に世界軍に入軍したのか。襟元の緑二つ星を握りしめて自問する。決して戦争をする為ではない。人間と争う為に軍人になった訳ではないのに。
 その思考は部屋の扉をノックする音に遮られた。
「維遠中尉、紅露准士官です」
「入れ」
 紅露と名乗った緋色の髪の女性は扉を開き、「失礼します」と頭を下げた。維遠が向かっているデスクに歩み寄り、両手に抱えていた書類を積む。
「これが今日の事件の調書と……それから、頼まれていた新聞です」
「ありがとう」
 手渡された新聞の一面に目を走らせる。そこに大きく踊っているのは『島国、息を吹き返す』という題字。約三カ月前に焼失し国家として機能を失っていた【珊瑚礁の島国】が再建した話は指令所内の世間話でもさんざん話題に上がっていた。
「あの国が復活するとはねえ」
 国の中枢である王家も国を構成する国民もほとんどが灰になった。国として成り立たなくなった島の領土は、国を焼いた首謀者、反政府“組織”の手に落ちていた。島だけではない。領海も“組織”に支配された結果、周辺諸国の海上交通網は分断され、かつて【珊瑚礁の島国】だった島は大海で孤立していた。
 そんな中の国家再建である。海も周辺諸国も混乱した。現在は現地世界軍指令所がその仲裁に動いている最中である。
「現地で何が起こっているんだか」
「ええ、まさかあの国に“組織”を圧倒する力が残っていただなんて、驚きですね」
「そうだな」
 驚きと言えば。たった今切ったばかりの電話を思い出す。露骨に浮かべられた苦い表情を紅露が見逃すはずもなく、「どうかしました?」と訊いてくる。
 隠すことでもない、むしろこれは彼女にも伝えておくべきことだ。
「准士官が来る直前に、北阿の指令所から電話があった」
 えっ、と紅露が驚きの声を漏らす。
「北阿……まさか、あの」
「ああ、准士官も知っているだろう?」大きな溜め息をひとつついて、「……ったく、あの人はいつもいつも本当に……」
 電話の相手、かつての上司は、優秀な軍人であるがゆえに人使いも荒い。なかなか面倒なことをほいほいと頼んでくる。これは昔からのことであり、今更文句など出てこないが、それにしてもタイミングが悪過ぎる。
「そう心配しないでください、中尉。私も全力でお手伝い致しますから」
 そう微笑む彼女の肩で、燃えるような赤色の鳥が翼を広げた。



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