0.


 今日も喧嘩をした。
 先生に怒られた。
 おつかいに行かされた。
 もうすぐ晩ご飯なのに、お腹がすいているのに。
 買い物袋を抱えて薄暗くなった路地を黙々と歩く少年二人、そのすぐ後ろを飛ぶ銀白色の鳥。二人とも、明らかに機嫌の悪そうな顔をしている。
 頭にゴーグルを乗せた少年が、唐突に口を開いた。
「お前のせいだからな」
 それを聞いて、もう一人がむっとした口調で言い返す。
「どうしてそうなる。悪いのはそっちだろう」
「何言ってんだよ、俺じゃない」
「それはこっちの台詞だ」
 喧嘩の原因は本当に些細なことだった。ちょっと肩がぶつかった、それだけ。それだけなのに、どっちがぶつかって来たかで言い争いになった。そんな喧嘩が今週で三回目。いつもは温和な先生も、今回はさすがに怒った。
 だから、罰としてのおつかい。
 明日、幼等クラスでは工作をするらしい。その時に必要な折り紙や糊を買ってくるよう言われた。小等クラスに在籍する自分たちには関係のない話なのだ、面倒なことこの上ない。しかし先生は、有無を言わせず二人を外に追い出した。
 重くて腕からずり落ちてくる袋を抱え直す。孤児院に続く通りへと差し掛かった時だった。
「火事だ!」
 誰かが、そう叫んでいた。少年たちの横を、サンダルを突っ掛けた野次馬おばさんが走る。消防車が、道路にいる車の間を猛スピードで抜けて行った。
「火事……?」
「どこだろうな」
 その言葉を聞いたのか、おばさんがこちらを振り向いて教えてくれた。
「この先の孤児院ですって! 危ないから、君たちも早くお家に帰りなさい!」
 ――孤児院だって?
 買い物袋を放り投げた。その頭上で鳥が両翼を広げる。まっすぐ彼らの家に、孤児院に向かった。
 だんだん暑くなってきた。走ったせいではない、炎に近付いている為。
 孤児院の門の前には、軍の車が数台停まっていた。濃青色の軍服を身に纏った男が三人、野次馬が近寄らないよう声を掛けている。赤々と燃えている孤児院の校舎を見て、そして見る限り友人の姿がないことを確認して、二人は呆然とした。皆、まだ中にいるのだ。あの中では友人たちが、炎に焼かれているのだ!
 門を潜ろうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。振り向くと、やはり濃青色の軍服。
「放せ!」
「駄目だ」
「何でだよ! 中には……まだ、皆いるんだろ!?」
「だからって、お前さんたちが行ったところでどうなる? 死体が二つ増えるだけだ」
 軍人の言葉に、声も出なかった。
 ……違う、出せなかったのだ。



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