1.
生きていく為なら何だってする
俺たちは 死ぬ訳にはいかないから
自分たちの為にも
死んでいった奴等の為にも
生きる目的が有るから
まだ 死ねないんだ
【聖地】と呼ばれる場所を囲むようにして並んでいる3つの王国。どの国でも違った宗教が信仰されており、しかしどの宗教でも【聖地】は神の地として崇められていた。
いつしか三国の王は、その【聖地】を自国の領地にしようと思うようになった。神を信仰することにより救われる。力が手に入る。ならば【聖地】を手に入れ、宗教の力を、そして国の力を強めようと国王たちは思ったのだ。
そして争いが起こった。
隣国に軍を派遣して戦った。【聖地】は我が国のものだ、他国には渡さない――どの国の王も、そう思っていた。【聖地】さえ手に入れば国の力は大きくなると信じていた。戦の前線に居た国民もまた、必死だった。己が崇拝する神を、その神の住む地を他国の者に奪われない為に。
戦争は数年にも渡り、多くの死傷者が出た。なかなか決着はつかなかった。
拮抗した状況を打破すべく、各国は新たな『力』――一般にそれは『魔力』と呼ばれる――を手に取った。これまでは国の繁栄の為だけに使ってきたその『力』を、戦争に応用させようとしたのだ。
しかし、その力は強大過ぎた。敵だけではなく、【聖地】の一部も焼き払った。
遂に神の雷は落ちた。
【双峨の国】の鋭い山々は崩れ。
【古代遺跡の国】の地は大きく震え。
【峡谷の国】の低地は水に沈み。
どの国にも戦争を続けていく余裕なんて無かった。そんなことよりも、自国の復旧作業の方が必要で重要だった。
それ以来、【聖地】は何処の国の地でもない。これからもきっとそうだろう――誰もこの事実に気付かなければ。
――【古代遺跡の国】王室蔵・『聖地伝』より抜粋
◆
【古代遺跡の国】郊外。
裏通りに並ぶ酒場の内の1つに入った。カウンターに空席を見つけて座り、メニューに並ぶ2種類の文字の内、共通語を目で追う。共通、とはいっても自分の生まれ育った国の言葉とは文字も文法も違う。要らないと思ってずっと避けてきたのだが、自国を出ればやはり必要で。最近ようやく勉強を始めた。
メニューの中からおそらくノンアルコールであろうものを見つけて注文する。自国とは違い、この国で未成年の飲酒は禁止されていなかった筈だし、酒が嫌いな訳でも飲めない訳でもない。しかし現在は『仕事中』だ、飲んで良い筈が無い。
もっとも、一番の理由はあまり酒に強くないということだが。
「どうぞ」
カウンターの中のおばさんがドリンクの注がれたグラスを差し出す。礼を言って受け取った。
少しずつドリンクを口に含みながら、周りの会話に意識を集中させる。話の内容が聞こえてくる。
酒場とは情報の集めやすい場所だ。少なくとも彼は、塔亜はそう思っている。多くの人が出入りするし、酔った勢いでいろいろ話し出す者も居るからだ。それに、こんな裏通りの店に入る人間はある程度限られてくる。自然、ソッチの情報の幅は広がる。
……と思ったのだが。
昨日の稼ぎがどうだった、とか、何処の店の女が美人だ、とか、此処よりも安い酒を出す店を見つけた、とか。正直、塔亜にとっては要らない情報でしかない。
だいたい、それ以外の話はといえば下卑たものばかり。やる気も萎えた。
(ハズレ、だな……この店)
無意識に、つい2、3ヶ月前に脱色したばかりの黄色い髪をクシャリと掻き揚げる。今日はもう無駄だろう、これ以上此処に居ても仕方無い。
グラスを空にして席を立とうとした時、ドリンクを出してくれたおばさんと目が合った。良く言えば体格が良い、悪く言えばただの肥満体型。
おばさんが口を開いた。
「貴方、未成年よね? 一人で来たの?」
「え……ああ、まぁ」
曖昧だが一応返事をし、浮き掛けた腰を椅子に戻す。帰ろうにも帰れなくなってしまった。
「いくつ?」
「もうすぐ一七」
「あら、じゃあウチの娘と同じね」
「はぁ……そうなの」
淡々と返す。
そして。
「学校は? 行ってないの?」
――訊かれると思った。
学校なんか、四年前に辞めた。塔亜たちの住んでいた孤児院が火事に遭った、あの時に。
連日近所で何軒も放火事件が起こっていたが、他人事としか思っていなかった。『無差別な犯行』と新聞等で騒がれていたし、周りの大人たちからもそんな話を聞いていた。それでも、自分たちだけは被害に遭わないだろう、なんて甘いことを考えていた。
それなのに。
ずっと世話をしてくれていた先生も、仲の良かった友だちも。塔亜たち以外は皆、炎に焼かれて死んでいった。全てを、あの大きな炎に奪われた。
生まれて初めて、殺意を抱いた。
どうしてそう感じたのか、なんて分からない。ただこの手で、皆を殺した犯人を捕えたかった。犯人が皆にしたことを、そのまま返してやりたかった。
しかし、塔亜たちは犯人なんて知らない。それを知る手掛かりすら無い。有るのは、彼等を保護した軍人から与えられた、たった一言だけ。
――組織。
当然ながら詳しくは教えて貰えなかったが、軍人の口調から、とにかくヤバイことだけは分かった。
軍人は言った。
『世界を回れ』
どういった意図が有っての言葉だったのか、塔亜たちには分からない。だが、あの軍人が塔亜たちの役に立たない助言をしたとも思えない。彼は唯一、規則に触れない程度だが、軍のことを塔亜たちに教えてくれた人だったから。
もしも騙されたのだとしても、それはそれで。自分たちが馬鹿だったと笑えば良い。そう思ったから自国を飛び出したのだ。
それ以来、各国を歩き回ってはいろいろな事件に首を突っ込んでいる。あの時の放火犯はまだ捕まっていない。ならば何処かで接触し、己の手で捕らえることが出来るかもしれないから。
どう答えたら自然に聞こえるだろうと考えている間に、おばさんは適当に解釈してくれたようだった。言えないことも有るのよね、なんて呟いている。その方が、塔亜にとっても都合が良い。
「そういえば」
塔亜はふと顔を上げた。
「なぁ、何か面白い所知らねぇ? この国じゃなくても、何処でも良いんだけど」
決まった目的地なんて無いのだ、おばさんお薦めの場所が有るのなら其処に行ったって良い。言い換えてしまえば、自分で目的地を決めるのが面倒なだけ。
おばさんは何かに思い至ったようだったが、すぐにその表情は曇った。
「……何?」
「いえ……是非行って貰いたい所が、無い訳じゃないんだけどね」
店の外が、急に騒がしくなった。客たちの目は窓の外に向けられている。
1人の男が慌てたように店へと入ってきた。彼の仲間なのだろうか、まっすぐ隅の席へ向かう。その男の言葉は静かになっていた店内に良く響いた。
「軍隊だ!」