27.


【港の国】近隣の森は広大で、【国境の駅】や国境の周囲だけでなく、海岸線にまでずっと続いている。海が見えたところで森は途切れており、森の外はすぐ岩場だ。足元では荒れた波が岩にぶつかり白い飛沫を上げ、沖を見れば黒い船が波に揺れている。ひとつ溜め息をついて、孝元は隣で紫煙をくゆらす男を見た。
「全く、あんたの所為で計画はめちゃくちゃだ。どうするんだよ」
 不快感を声色に乗せたつもりだったが、相手はそんなことを気にも留めない様子で海に灰を落としている。それどころか「でもさあ」と返してきた。
「事前にちゃんと決めてたじゃない、『計画遂行よりも前に俺が【港の国】に到着したら作戦は中断するように』って」
「ああ。だからメンバーにはあんたを見かけたらすぐ引くように言っておいた。でも、だからって何で突然……」
「静の様子を聞いたら、“スペード”は今後まともに活動出来ないと思ったんだよ」
 立ち上る煙が大気に霧散し匂いだけが残る。
「一度は続行を考えたけど、やっぱり今回の作戦は急ぎ過ぎた。“スペード”は静の回復を待つべきじゃないの」
 ねえ? と首を傾げて見せるが、そんなものはくわえ煙草のオッサンがする仕草ではない。反論する気力も失い、孝元はずるずると頷いた。
「確かに、それには同意するが……」
 作戦の中断が間違っていたとは言わない。暴走し、命を顧みることなく戦っていた静を放っておけば、彼はここで死んでいたことだろう。
 しかし中断の決定があと少しだけ早かったら、状況はまた違っていたかもしれない。
「そりゃあねえ」
 男は大きく息を吐き出した。
「こっちの行動が遅れたことについては謝るよ。申し訳ない」
「反省してくれよ」
「お前さん、随分偉そうだね」
「まあな」
【砂遺跡の国】での事件以降、“スペード”は変わりつつある。蓮を失い、静が壊れた。再び立て直しを図らなければならない。その時が近付いている。活動の中心に立つのは医療部隊隊長の斑、妖術部隊隊長の澄流、そして魔術部隊隊長の孝元。静が前線に戻るまで、“スペード”を支えるのは孝元たちなのだ。
 今回の計画、【港の国】の機能停止は失敗に終わった。次の活動の際、同じような失敗は許されない。静が戻った時には最善の状態で行動を開始出来るようにしておかなければならない。
「あんたにも今しばらく協力してもらうぞ」
「もちろん」
 孝元の念押しに男は飄々と頷く。全く、食えない奴だ――孝元は男への評価を再認識した。敵対している間は厄介だが、それだけに味方につけた時には頼りになる。扱いづらくても、この男を利用する価値は十分にあった。
 話はもう終わったとばかりに立ち去りかけた孝元は、「そういえばさ」という男の声に足を止めた。
「街で少年たちを襲ってたあいつはどうした? あんな奴“スペード”にいたっけ」
「あれは李樹の術で操ってただけの、そこらの盗賊だ。始末ならもう済んでいる。今頃は……そうだな、魚の餌にでもなっているんじゃないか」
「ああ、そう」
 それだけ聞くと、濃紺の服に身を包んだ男――風谷は興味を失ったようだった。短くなった煙草を海に投げ捨てる。海面に触れた煙草はジュッと音を立て、水面まで浮かんできた魚がその煙草に食らいついた。
 魚は海に沈んでいった。その時には既に二人の姿はなく。
 そこにあったのは沖の黒い船に向かう影と、【港の国】へ向かう一台の軍所有車だけであった。


『赫キ欠落【港の国】編』 完





 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ