7.光り輝く


 シュレー学校長の乾杯で宴が始まった。学生に教師陣、手のあいている船員も合わせて計三十人弱。大人ばかりの宴会にリベルは完全に委縮していたが、見た限りメーアは楽しそうに船員と話していた。リベルとしては、ただ黙々と食事をしながら人の話を聞いているだけで十分に面白いと感じていたのだが、よく喋る上級生に捕まり身の上を話す羽目になった。
 神殿指定造屋の生産物は様々で、リベルの家は酒、メーアの家は花だが、他に穀物、果物、刃物等多岐に渡る。その上級生――フェフと名乗っていた――の実家は香辛料を作っているらしい。
 船内、目に見える範囲にある窓は全て、カーテンが閉められている。そこから漏れていた太陽の光はいつの間にかなくなり、月の光に変わっていた。
 デザートの皿も空になった頃、騒がしかった食堂が静まり返った。学校長が椅子から立ち上がったのである。
「学生諸君、楽しんでいるかね? 食事も、この特別講義も」
 まだフォークを握っていた学生も弾かれたように顔を上げた。周囲の学生と目を合わせる。
「これから特別講義の課題を発表する。全員甲板に集合するように」
 日も暮れたというのにこれから課題とは、何を課されるのだろう。甲板で釣りかなぁ等と考えていたが、それが口から漏れていたらしい。「絶対違うわ」とメーアから突っ込まれてしまった。
「夜行性の魚も多いんだよ?」
「でもこれ漁船じゃないからね? だいたいあなた、どうしてそんなに釣りがしたいのよ」
「釣りならズルしなくてもメーアに勝てるから」
「そんな理由?」
 厨房に向かって「ごちそうさまでしたー」と頭を下げつつ、先生方や上級生に続いて食堂を出る。出てすぐのところにある階段を上ると甲板だ。あれだけの数の鳥たちが食事をしていたにもかかわらず、そんな跡は残っていなかった。魚の鱗がところどころ落ちているがその程度で、食後に大量の洗い物を残してきた自分たちとは違うなぁと、ふと思った。
「あっ島が近い!」
 暗くて誰かは分からないが、学生のひとりが海を指差した。目を凝らすと確かに島の影が見える。この船はまっすぐ島に向かっている。
「……え?」
「止まらないの?」
「ぶつかるんじゃ」
 影の形から察するに、島の周りは凸凹の岩場。少なくとも今の進行方向に船着き場など見られない。スピードは緩まない。このままではぶつかってしまう。特別講義どころではない。
 学校長は? そう思って見回すと、二階船室の上、特別講義を宣言した場所で腕を組んでいた。
 叫んだ。
「これが課題だ! 全員、括目せよ!」
 そんなこと言われても!
 メーアを庇う形で甲板に伏せ、ぎゅっと目を閉じた。衝撃に耐えられるよう、低い姿勢を保つ。
 一、二、三、四、――
 何秒待っても衝撃は来なかった。代わりに、今更スピードが緩む。
「ねぇ、リベル! 見て!」
 メーアにシャツの襟を引っ張られ、恐る恐る目を開けた。そこで、あまりの光景に目を瞬かせる。
 リベルの視界いっぱいに、薄緑色の光が広がっていたのだ。
 状況を確認する。波のさざめきが響き合っている、つまりここはまだ海の上。船後方を見れば、星空がぎざぎざに切り取られている。海から続く洞窟に、船ごと入ってきたようだ。
 こんな船が入るほどの大きな横穴が島に開いていて、且つその横穴中が光で埋め尽くされている。
「これは……」
 ふいに風が駆け抜けた。風は内壁にぶつかっては反射し、洞窟内の空気を揺らす。
 ぶわり、と光の粉が舞い始めた。
「……すごい」
「綺麗!」
 甲板の手すりには、早くも光り輝く雪が積もり始めていた。手すりが緑に縁取られ、イルミネーションのようだ。海を覗き込めば海面を粉が覆っており、光の絨毯となっている。
「あれ! 魚が!」
 そんな声が聞こえ、どうしたんだろうと振り向く。が、「リベル!」と再び引っ張られ、メーアに向き直る。
「どうしたの、メーア」
「魚が……」
 ぱしゃん。
 水のはねる音がした。反射的に水紋を目で追う。
 ぱしゃん。
 もう一度。波紋が輝いている。
 ぱしゃん。
「――あ」
 魚が跳ねた。ひれも、鱗も、身体中、全部が輝いている魚が。光る絨毯を突き破り、空中を泳ぐ。身体をくねらせ、再び絨毯を通りぬけて水の中へ帰っていく。
「これは……いったい」
「ヒカリゴケですよ」
 そう話し始めたのはフロラ先生だった。
「この暗い洞窟に生まれた生物たちにも、明るい光は必要でした。ここに生まれた生物の中で最も多く、広範囲に棲んでいたのがコケ。コケたちは他の生物と生きる為に、光を発するよう進化してきたのです」
 この洞窟内で太陽の代わりに輝いているヒカリゴケ。天井や壁を埋め尽くすに張り付いて、他の生物を助けながら胞子をまく。昔からずっとそうして、他の生物を生かす為に仲間を増やし続けてきた――そう、この光る粉はヒカリゴケの胞子なのだ。
 その発現前のコケを食べているのが、この島近海に棲む魚たち。通常は海底で生活しているが、食事の時だけこの洞窟に集まり、海面付近まで浮上する。跳ね上がり、胞子を食べて生きている。
 この種の魚のオスには、メスの気を惹く為に着飾ろうとする性質がある。しかし暗い海底に棲む彼らにとって、外見でのアピールは難しいもの。そこでコケの発光物質を取り込むことを覚えた。自発的に光を出すこのコケの成分は、魚の体内でも保存され、消化吸収された発光物質は体中に行き渡った。魚たちは海底で光輝くようになり、その光の強さでメスにアピールするようになった――この説明はフィシェによるものだ。
「そんな魚もいるのね……」
 ぽつりと呟いたメーアに、フィシェは大きく、満足そうに呟いた。
 再びエンジンが唸りだした。船は引き返すことなく、奥へ奥へと進んでいく。コケの光は徐々に強くなっていき、最奥部ではかなりの数が密集しているのか、その光は太陽光に匹敵するほどだった。が、それも一瞬で、また光は弱まり始めた。
 横穴をいくつも見たが、船は迷うことなく進み続けた。
 そして星空の下に出る。
 島の反対側に出たらしい、島を挟んで向こう側には大陸港町の明かりが見える。洞窟は島の中央を貫通していたのだ。
 改めて目を凝らすと、島には横穴がたくさんあるようで、表面がところどころえぐれ暗い影を落としていた。洞窟内で見たあの無数の分岐を見る限り、横穴というよりは広い空間を複数の柱で支えている、と言った方が正しそうだ。
「なんて、不思議な……」
 島を見上げ、空を見上げ。
 リベルは大きく息を吐く。
 その後、先生方から促されるままあてがわれた部屋に移動し、ふわふわとした足取りでベッドに向かった。毛布にもぐり目をつむると、ヒカリゴケの柔らかな輝きがまぶたの裏に映った。窓から降り注ぐ星明かりがまぶたの上から被さり、温かな光に包まれた気分で、リベルは眠りについた。



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