2.謎の白い封筒


 この寮は男子棟、女子棟ともうひとつ、共用棟で構成されており、食堂はここの一階に設けられている。夕食に限らず食事の時間になると程なくして混み始め、そうなると席を確保するのも面倒になる。これを回避する為にもまっすぐ食堂へと向かいたいところだが、その前に男子棟二階から直結している談話室を覗いた。メーアが「夕食の前に談話室までいらっしゃい」とそれだけを言い残し、あっという間にリベルの前を去っていったからである。
 二人は連れ立って食堂に入り、席取りを自ら進んで買って出てきた彼女の為にもリベルは二人分の夕食をカウンターで受け取る。デッドスペースを上手く殺して一枚のトレーに全ての料理を乗せメーアの所へ戻る頃には、早くも席を探してテーブル間をうろうろする者が出始めていた。
「あなたの為にわざわざ席を取ってあげたんだから感謝しなさい」
「君の為にわざわざ食事を持ってきてあげたんだから感謝しなさい」
「偉そうなこと言うのね」
「それは僕の台詞です」
 リベルが椅子に座った時には、メーアは既にパンを食べ始めていた。昼食以降部屋でじっとしていただけなのにお腹は減っている訳で、リベルもチキンを頬張る。今日も塩加減は最高である。願わくはもう少し柔らかくあってほしいのだが。
 無言で食べていると周りの話し声が耳に入ってくる。話している人間は学年も性別もばらばらだが、内容はほぼ統一されている。
「ね、あっちこっちで話題に上がってるのね」
「『謎の白い封筒』ねぇ」
 全学生に届いている訳ではないことくらい、アインには郵便がなかったことからも分かる。しかしリベルの想像以上に受け取った者は少ないようで、憶測が憶測を呼び噂が早くも独り歩きを始めている。いくら何でも学校の爆破予告や生誕祭の妨害予告が生徒たちに届く筈がないだろうに、現実味のない噂が飛び交ってしまう程に、受け取っていない者からすればこの封筒は謎に包まれているのだろう。
 だいたい、受け取ったリベルたちも封筒の中身についてはどう対処したらいいのか見当もつかないのである。
「私リベル以外にも思いつく限りいろんな人に聞いてみたのよ、白い封筒が届かなかったか、って」
「へぇ、それで」
「それが見つからないの。誰もそんなの知らないって、首を横に振るの」
 メーアとの付き合いは入学当初からである。交流関係も何となくではあるが把握している。訪ねて回ったのはおそらくクラスメイトが中心であろう。その他には課外実習で知り合った先輩や後輩も考えられる。いずれにせよそこまで少なくない筈だ。そして彼女のことだから、封筒のことを訊くだけ訊いて中身については一切触れずに話を切り上げさっさと立ち去っていったのだろう。多くの人たちはただただ封筒の存在についてのみ知らされたことになる……まさか怪しい憶測が流れるきっかけは彼女の行動だったのではなかろうか。噂というものは大きな尾ひれがつきやすいものだから。
「メーアの交友範囲内で他に受け取った人はいない……受け取った人は多くないってことか」
「そういうことになるわね」
「まったく、随分と高倍率のくじに当たったんだね、僕たち」
「随分と気味の悪いくじだこと」
 了承も得ずに人のデザートを食べようとするメーアの手からフォークを叩き落とし、自分自身でいただく。恨めしそうな目がこちらを見ているが気にしない。自分の分は食べたのだからもう十分だろう、そう視線で返す。……それとも。
「あ、そんなに太りたかった?」
「黙りなさい!」
 言われた通り黙々と口に運ぶ。その様子をぶすっとした表情で眺めながらパーカーのフードの紐をいじっていたメーアだったが、誰かに気付いたのか大きく手を振った。
「ここ、ここ!」
「おっすメーア、ノリの悪い男とのディナーデートは楽しかったかい?」
「実に最悪だったわ」
「じゃあ今度俺がお誘いするよ」
「それもお断りさせていただきます」
「即答とは冷たいねぇ」
 アインがリベルの肩に両肘をつき体重をかけてきた。失礼な発言に重ねて失礼な態度、こっちはまだ食事中だというのに。
「アイン、お祭りどうだった?」
「まだ準備中の屋台とかも多かったけどなかなか。中央広場の装飾は結構凝ってたよ」
「今年は国中の彫刻家が作品を展示しているのよね」
「そうそう、俺にはよさがあんまり分かんないんだけどさ」
 つまり彼の装飾に対する評価はあまりあてにならないということか。
「あ、リベル」ふっと肩が軽くなった。「そういえば俺に郵便なかった?」
「残念ながらなかったよ」
「何だぁ、そうかぁ」
 頭の後ろで手を組み、悔しそうに呟いて唇をとがらせているアイン。どうやらもう噂を聞いたらしい。彼は今まで外へ出ていたのだから、話を耳にしたのは寮内に入ってからここへ来るまでのわずかな間でのこと。噂は相当広まっているようだ。
「お前らも知ってる? 謎の白い封筒」
「ええ……」
「まぁねぇ」
「知りたいのなら教えてあげる」
 二人から同時に差し出された白い封筒に、アインはただただ驚くことしか出来なかった。



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