8.


 あれから皆で顔を合わせること三回、何とか行き先が決定した。まだやることがあるとはいえ、とりあえずは一安心である。寛司なんかは「やり切った! なかなかいい気分だね!」と清々しい笑顔だった。彼がしたことといえば、旅行ガイドを見ながらここ面白そうだとかこういうのいいんじゃねーのだとか、自由で好き勝手な発言くらいだが、しかし大人数で案を出し合うというどうしても遠慮し譲り合ってしまう場面で意見を出してくれるのはありがたい。その中から多数決で数を絞ったという訳だ。
 その寛司曰く「ここ何日か部活中も修学旅行のこと考えてた」そうで、今日は久しぶりの「何も気にしなくていい気が楽」な部活なのだそうだ。
 そんなことを言いながら体育館の隅に背負い鞄を放り投げる寛司に「はいダウト」「今に限らず日頃から何も考えてないだろ」なんて遥や嵐は突っ込んでいるものの、日頃のこういったやりとりよりも少しだけ口調が柔らかいように聞こえた。
「ほんと失礼だなお前ら」
「え? 割と事実だろ?」
「うるせーな俺だっていろいろ考えることがあるんだよ」
「はいまたダウト」
「いや、だからさ」
 そうこう言い合っている内に、ひとり、またひとりと部員たちが集まってきた。遊んでいる場合ではない。それに、今週からは一年生が新たに入部してきた。先輩として、あまりふざけた姿を見せるのはよくない気がする。龍夜も鞄を下ろし、体育倉庫の戸を開けた。
 倉庫にはボールの入った籠がいくつも押し込められている。どこかのクラスが授業で使ったのか、戸から一番近いところにドッジボールの籠が出ており、バスケットボールは奥に追いやられていた。籠の底についているキャスターのロックを全て外し、奥の籠を出せるように手前の籠を少しずつ動かして道を作る。ひとつずつ場所を入れ替え、バスケットボールの籠を出入り口に押し出していく……が、上手くいかない。
「あれ? 何だろ……」
 ガシャガシャと音を立てながら籠を押したり引いたりしていると、背後から声を掛けられた。
「先輩、おれやりますよ。……おーい」
 振り向くと、二年生の小森が一年生の由木を手招きしていた。龍夜が返事をする前に二人は倉庫に入ってくる。小森が籠を整理して道を広げ、由木が籠の隙間を通り抜け奥側に立つ。籠の縁を掴んで軽く揺する。そっと押し出すと、籠はすっと滑り出した。
「おっすげー」
「キャスター、引っ掛かってたみたいで」
「そうだったんだ。ありがとう」
 龍夜から礼を言われ、由木は目を伏せて軽く頭を下げた。
 由木は三人やってきた新入部員の内のひとりである。体つきは細いが、ふたつ年上の龍夜よりも既に背が高い。他の二人の一年生と並んでみると、頭ひとつ分は違っていた。聞けばバレー部からもスカウトされていたそうで、それも納得の長身である。
 立っているだけで存在感のある彼だが、性格はむしろ控えめでおとなしい。小森とは家が近所で以前から付き合いがあるらしく、よく後ろに隠れるようにしてくっついている。その小森は龍夜と変わらないくらいの標準的な身長だから、全く隠れてはいないのだが。
 ボールを皆のところまで運び、部長の寛司を中心に集まる中に紛れ込む。三人増えただけなのに、ずいぶん大所帯になったように感じられた。
「はいはーいじゃあ始めるぞー」
 寛司の声に皆姿勢を正す。
「顧問の柳井先生ですが、急に会議が入ったらしいので今日は来ません。そんな訳だから、まあ一年生も固くならずに、少しずつ部の雰囲気に慣れていってくれればいいかな」
「はい!」
 部員たちの返事に満足したのか、寛司はうんうんと頷いた。
「じゃ、周りとぶつからない程度に間隔開けて、ストレッチから始めようか」
 三年生は、およそ三カ月後の夏の大会が最後となる。きっと大会まであっという間だろう。それまでにやれることは全部やって、後悔がないようにしておきたい。
(よし、やろう)
 龍夜は深く息を吸って、大きく体を伸ばした。

 夏の大会まであっという間なら、五月の末の修学旅行なんて言うまでもない。本当に時間がない。
「せっかく二班に分かれてるんだから、手分けして効率化を図ろうと思う」
 そう言い出したのは、話の流れで自然と班長に就任した嵐だった。
 ゴールデンウィークを目前に控えたこの日の昼休み、龍夜たちは嵐の声かけで3A教室前の廊下に集まっていた。十一人で固まっているとさすがに人目を引く。通りかかったクラスメイトは遠慮なくじろじろと見ていったし、中には「何してんの? 何の集まり?」と訊ねてくる者もいた。
「と、言いますと?」
「俺たちがやらなきゃいけないことは大きく分けてふたつ。この前決めた行き先をどういう手段でどういう順番で回るのかっていうコース決め。もうひとつは、行き先のお寺や神社がどういうところでどんな歴史があるのかを調べる事前学習。これを班で分担したらどうだろう」
「そういうことね」
 うーんと唸って、嵐同様班長に決まった稚子が腕を組む。
「いい案だとは思うけど、事前学習の内容は二班で共有するってこと?」
「そういうことになるね」
「班行動一緒にして、それで事前学習の内容も全く一緒となると、壁新聞の内容も同じになるんじゃ……」
 修学旅行二日目は自由行動だから、どの班も行く場所や順番はばらばらである。必然的に学ぶ内容も異なってくる訳で、皆の知を共有する為に、修学旅行から帰ってきたら事前学習と現地で学んだことをまとめて班毎に壁新聞を作ることになっていた。新聞は中央廊下に掲示予定である。
 同級生どころか後輩たち、他学年つきの教員、授業参観の日には生徒たちの親も目にすることになる。それなのに適当なものは作れないし、同じ内容の新聞を並べて貼るのはちょっとお粗末なのでは……というのが稚子の言い分だった。
「それとも壁新聞も二班合同で作っていいのかな」
 稚子が呟いて首をひねる。嵐はにやりとして指を鳴らした。
「いい質問だね藤真。もちろんそれについても確認をしておきました」
「おっさすが嵐、準備がいいね」
 拍手して囃し立てる。調子づいた嵐が親指を立てながらどうだとでも言わんばかりの表情を作ってみせる。
 それまで静かにやり取りを見ていた知佳が、「それで?」と先を促した。目が笑っていない。嵐はひとつ咳払いをすると話を元に戻した。
「結論から言って、オッケー。各班にそれぞれ画用紙が一枚ずつ配られる、それは変わらないから、二班で画用紙二枚分の壁新聞を作ればいい……って、坂内先生は言ってた」
 学年主任の坂内が言うなら確実だろう。稚子の懸念も解消された。代わりに他班の二倍のボリュームが求められるが、それはまた後日考えるとして、当面の問題はない。
「って訳で、作業を分担する方向でいいかな」
 誰も反対しなかった。全員一致で賛成ということだ。ならば次に決めるのは、どちらの班がどちらの作業を担当するか、である。龍夜はどちらがいいか特に希望はなかった為、他の班員に委ねようと、隣に立っていた和久を見た――が、和久の目も『どっちでもいいなあ』と言っていた。ならば寛司の希望はどうかと思えば、奴はぼんやりと窓の外を眺めている。駄目だ、こいつは戦力外だ。……不甲斐ない男共で申し訳ない。女性陣に頼ろう。
「藤真、歴史と公共交通機関、どっちが得意?」
 不甲斐なさをごまかしながら稚子に振る。彼女は「公共交通機関に得手不得手とかあるの?」と呆れながらも、「まあ……その二択なら、歴史だけど」と答えてくれた。
「じゃあ藤真班には事前学習を頼もうかな」
 いい? 嵐が嵐班の面々を見回す。これにもまた、誰も反対しない。いいんじゃない? という空気だ……というよりやはり、ここに集まる連中の大多数が『どちらでもいい』勢だっただけだろう。
 消極的な決め方がいささか気にはなるものの、これで必要なことは全て方針が決定した。あとはとにかくやるだけだ。修学旅行当日まで、あと一カ月である。



 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ