19.


『次は、金閣寺道、金閣寺道』
 車内アナウンスに意識を引き戻された。いつの間にか寝てしまっていたらしい。口元を触ってよだれを垂らしていないことを確認し座り直す。
「やば、寝てたわ」
 頭を掻いて呟くと隣にいた寛司からも「なー俺もだわー」と返ってきた。
「バスって何か寝ちゃうんだよな」
「分かる。電車もそう。何でだろう」
「いい感じに揺れるからじゃね?」
 バスが減速し停車する。バス停には大勢の人が並んでいる。
「ほら、下りるよ〜」
 嵐が皆を振り向き手招きする。龍夜も手早く荷物をまとめて立ち上がった。
 バスを下りて道路を渡る。人の流れに沿って歩く。道中「あっ」と声を上げたのは望。見れば彼女は向かって右側の山を指差している。指先を辿ると山には大きく『大』の字が書かれていた。
「あれ、大文字焼のやつ……」
「おっそうじゃん!」
 正式には五山送り火、お盆に行われるかがり火だ。ニュースで見たことがあるし、名前だけならゲームのキャラクターの技名にもあるからよく知っている。山を『大』の形で焼き死者の霊をあの世に送る、という意味があるらしい。
「五山ってことはこの他にも四つあるんだよね」
「全部大の字なの?」
「えー違うでしょ」
「わ、わたし、鳥居見たことある」
「へー小野田さん物知りだね」
 振り向いて声を掛けると、望は少し俯いて「小さい頃に来たの」とはにかんだ。一瞬可愛いと思って、直後に園と目が合った。いや、そういうのじゃない。って何に対する言い訳なんだ、俺。頭を振り、急ぎ足で先頭に立った。
 受付前は一般の観光客と修学旅行生と団体客でごった返していた。今日一日市内をぐるりと回ってきたが、一番混雑している。この中で十一人揃って移動するのは大変だし、はぐれてしまいそうだ。
「この辺で待っててよ、俺人数分お金払ってくる」
 龍夜が皆に伝えて受付に並びに行こうとすると、「俺も俺も!」と寛司もついてきた。
 それにしても外国人が多い。今日見た中で一番人が多いから余計にそう思うのかもしれないが、日本語だけでなくそれ以外の言葉が、寺という日本の中でも特に日本らしい場所で飛び交っているのは何だか不思議な感じだ。
「こんなにたくさんの外国人、どこから来るんだろうな」
「さあ? アメリカじゃね? 人口多いんだろ。あとアメリカとかアメリカとか……」
「寛司、アメリカ以外の国知らないの?」
「うるせ」
 言い合いながら十一人分の拝観料を納め、十一人分のパンフレットを受け取る。銀閣寺と同様、パンフレットにはお札が挟んであった。書かれているのは『学業成就』と『交通安全』、正に受験生のためのお札だ。
 パンフレットには鹿苑寺境内図が載っていた。ここも金閣内部は非公開で、見学するのは主に庭園だ。境内図と言いながら、外の山の名前まで記載がある。図の左上は衣笠山、そして右上には左大文字山……左?
「俺たちがさっき外で見たのって大文字じゃないの?」
「っていうか大文字と左大文字って何? あっ裏から見た的な?」
「鏡文字ってこと? でも『大』って字、鏡文字でも一緒じゃない?」
「言われてみりゃそうだな。左……左って何だ……」
 首を傾げながら皆のところに戻る。皆はそんな龍夜たちの様子を見て、やはり首を傾げることになった。
 ひとり一部ずつパンフレットを渡し、肩代わりした拝観料を回収する。金額が合い人数が揃っていることを確認して先に進む。通路を抜けた先に広がっているのは鏡湖池、そして太陽の光を受け金に輝く金閣寺だった。
「ほんとに金ぴかだー!」
 池を挟んでいるから金閣までは少し距離があり、小さく見える。しかし池に反射して金閣がふたつあるように見えるのは面白い光景だった。風で水面が細かく波立ち金閣の像はぼやけていたが、それが金閣と分からないほどでもない。嵐に頼み、何枚か写真を撮ってもらった。絵はがきのような構図は壁新聞に最適だろう。
 受付前があれだけ混雑していて、中が空いているはずもない。まっすぐ歩けないほどの人の多さで、写真撮影もそこそこに移動した。池を半周ぐるりと回り、金閣の前に出る。
「いや〜近くで見ても金ぴかだね〜」
 寛司が額に手をかざして屋根に乗った鳳凰像を見上げる。遠目には気づかなかったが、一層部分の壁は金ではなく白色で、金箔が貼られているのは二層三層部分だけだ。
「俺、下から上まで全部金なんだと思ってたわ」
「うん、俺も」
 頷きながら説明の書かれた立て札に目を通す。三層それぞれ造りが異なるのだそうだが、外から見て違いは分からない。それはそれぞれの造りに対して知識がないからなのだろう。しかし違和感もないように思うから、きっと金閣という建造物は異なる様式が見事に調和された、造り的にも美しいものなのだろう。美しさだ何だと言えるセンスはやはり龍夜にはないが一般にそう評価されるのは分かる気がした。
 道なりに進み、足利義満公の手洗い場や滝を見ていると、ちゃりんちゃりんと金属音が聞こえてきた。前を見ると、観光客が財布片手に手すりから身を乗り出している。そこには石像がいくつか並び、その前には石のお碗が、そして周りにはたくさんの硬貨が散らばっていた。
「お、もしかしてこれはあそこに入るとラッキー的なやつじゃ?」
 広隆が前のめりになる。和久は早くも財布を開いて硬貨を探している。この流れに既視感を覚えて寛司を見る。案の定寛司は組んでいた両腕をほどいて石碗を指差した。
「よーし、伏和中バスケ部、腕比べだ!」
「ちょっと何始める気?」
 寛司の宣言は稚子の横槍でさっそく折れた。
「双馬君、銀閣で大声出して周りの人たちびっくりさせちゃったの、もう忘れたの?」
「いえ忘れてません」
「だったら」
「俺たちあそこにお賽銭したいだけです」
 彼女は横目で石像を見て、それから深く息を吐き出す。
「分かった。じゃあ私たち先に行ってるから」
 なるほど、腕比べが終わるまでここで一緒に待つという選択肢はないらしい。稚子に続き女子たちも順路を進んでいく。最後尾の園は「待ってるからね」と言い残していった。龍夜も頷き返す。早く終わらせよう。
 女子が去り、残されたのは男たちだけ。戦いの火蓋が切って落とされる。
 ルールは簡単。投げていい硬貨はたった一枚、石碗に入ればオーケー。ホールインワンでも跳ね返ったのが入ってもオーケー。ただし使用出来る硬貨は修学旅行の小遣いに直結することも考慮し、一円、五円、十円玉とする。
「じゃ、俺からいくぜ」
 広隆が放った五円玉は碗どころか石像を大きく飛び越えた。
「ありゃ」
「軽いもの投げるのにそんな力入れちゃ駄目でしょ。次、俺ね」
 嵐の十円玉は碗の手前で落ちた。
「だからって軽く投げても届かねーじゃん、駄目じゃん」
 次に飛んだ寛司の一円玉は碗に、和久の五円玉は石像に当たって跳ね返った。残るは遥と龍夜。遥を見ると先を譲られ、握っていた一円玉を放り投げた。一円玉はまっすぐ碗に向かって飛んでいく。入れ――祈ったが、碗の縁に当たり転がって終わった。
 最後は遥だ。財布から五円玉を一枚出し、一度強く握る。手を緩め指先でつまみ直し振りかぶる。遥の指から離れた五円玉はカーブを描き、奥の石像に当たる。やはりそう簡単に入るものではないか、まあそんなものだよな。そう思ったが、まだ終わりではなかった。石像で跳ね返った五円玉は再びカーブを描いて、碗に吸い込まれていったのだ。
「遥すげー!」
「やったじゃん!」
 寛司と嵐が左右から遥を挟み幸運を称えた。
「まじか、あれ入るのか」
「やるねー」
 広隆が石碗を見遣り、和久が拍手を送った。
 遥本人はぼんやりと五円玉が入った碗を眺めている。嵐に肩を揺さぶられ、ようやく「は、入った……」とこぼした。
「やるじゃん」
 龍夜も声を掛ける。すると遥はにかっと笑った。 「だろ!」



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