4.


 龍夜たちが神様にお祈りした内容について暴露大会をしている間しばらく姿を消していた陽介と成だったが、戻ってきて開口一番「おい、射的やろうぜ」と言い出した。
 曰く。陽介の末吉を枝にくくる為社務所の近くを一周した二人は、立ち並ぶ屋台のテントの中に一際大きなものを見つけた。中を覗くと、小さな菓子箱や子供向け特撮番組のヒーロー人形が棚に整然と並んでいる。そして最上段には二カ月前に発売されたばかりの最新型テレビゲーム機の箱が。「あっ、楽しそう」と呟いたのは成の方。「だったらやってみればいいじゃん」と陽介が返し、今に至る。
「いいね、やろうやろう」
 誰よりも先に食いついたのは芽衣子だった。「ね?」と見上げられ、麗も頷く。これで『射的をする』方に四票入った。残りの二人が何と言おうと、民主主義に則り『射的挑戦』案が採用となる。
 もちろん反対するつもりはない。龍夜も雅章も皆に続いた。
 射的の屋台の前に着くと、ちょうど店主が前の客を送り出しているところだった。他に順番を待っている客もいない。ナイスタイミングである。成は店主に五百円払い、コルク弾を五つ受け取った。
 店主から手渡された銃身のレバーを引き、銃口にコルク弾を詰めて構える。狙っているのは携帯ゲーム機らしい。銃口がまっすぐ最上段の携帯ゲーム機に向けられている。
 成の指が引き金に掛かる。指に力が入る。引く。
「あっ」
 引き金を引いた瞬間銃口がぶれた。天井に当たったコルク弾は、力なくぽとりと落ちてきた。
「うーん、当たらないなあ」
「ちゃんと構えてないからだろ。そりゃ当たるもんも当たらねえよ」
「そうは言っても、結構難しいんだから」
 再び銃身のレバーを引く。「まるで獲物を狙う猟師みたいだな」などと言う陽介に遠心力を乗せた巾着袋をめり込ませ、成は銃口に次弾を装填した。
 その後二発続けて的に命中したものの、少し揺らしただけで落とすことは出来なかった。四発目で的下部に当たり、的は遂に前へと転がり落ちたが、店主は首を横に振った。「前に落とすのは難しくないんだ。後ろに落とさないとねえ」だそうだ。
 結局五発撃ち尽くしても景品をゲット出来なかった成は「何よあれ!」と銃を放り出し、腹いせなのか陽介に噛みついた。
「絶対落ちないようになってるんじゃないの? あんなの無理だよ絶対無理!」
「そりゃ、ほいほい高額商品を持ってかれちゃ商売上がったりだろ」
「そうでしょうけど、それと落ちないように小細工するのは違うわ!」
 などと成は言っているが、果たして本当にそうだろうか。龍夜は首を傾げ、コートのポケットに手を滑り込ませた。財布を掴んで取り出す。中身を確認し、百円玉を五枚数え上げた。
 後ろから見ていただけだが、銃口から的までの距離は一メートル強程度で、それほど難しそうだとは思わなかった。むしろ成に射的のセンスがないだけでは? とすら思った。彼女ではなく、自分なら出来るかもしれない。自分がやったら案外落とせる気がした……何となく。根拠などないが。
「おじさん。一回」
 成が投げやった銃を手に取った。
「はい、五百円ね」
 硬貨と交換でコルク弾を受け取る。レバーを引いて弾を込める。
「よーし、ナルの弔い合戦だ」
「ちょっと! 勝手に人のこと殺さないでよ!」
「戦場ではその撃ち損じが命取りなんだぜ?」
 格好つけて構える。よく狙う。そして。
 遂に一発も的に当たらなかった。
 実際にやってみると、横から見ている以上に難しいものがあったのである。「参加賞だよ」と店主から渡された飴玉を口に放り込み、龍夜は頬を膨らませた。五百円の飴玉は蛍光黄緑色で、人工的なメロン味だった。簡潔に言うと不味かった。自身のスキルを棚に上げて「子供だましにも程があるよな」と麗を見れば、麗はヨーグルト味のタブレット菓子を三粒まとめて口に入れていた。
 成、龍夜に続けて他の皆も射的に挑戦したが揃って惨敗。誰もゲーム機を撃ち落すことは出来なかった――麗を除いて。
「あんな威力のないオモチャの銃で重いものを落とせる訳ないだろ。だったら確実に落ちそうなものを狙った方がよくないか?」
 などとのたまった麗は、初めから重いもの――ゲーム機なんか狙わず、最下段の菓子箱に照準を合わせた。しかも、並んでいる菓子の中でも特に軽そうなタブレット菓子に、だ。「ねえお菓子ならキャラメルの方がいいよお」と言う成を軽く手であしらった次の瞬間、麗は見事一発で標的を仕留めたのである。
 残りの四発で更にキャラメルとドロップ缶を落とした麗に、屋台の店主は「兄ちゃん、上手いねえ!」と称賛の声を送った。「射的の大会があったら俺が優勝かもね」と調子のいいことを返した麗は、どうやら景品どうこうではなく純粋に射的を楽しんでいたらしい。追加で落とした菓子にはたいして興味がなかったようで、キャラメルは成に、ドロップ缶は芽衣子にあげて、自身はさっさとタブレット菓子を開封していた。
 龍夜の「クールな判断だなあ」という呟きが耳に入ったのか、麗はにやりと笑ってみせた。
「何だ、お菓子が欲しかったのか?」
「そうじゃなくて……」
「リューヤも参加賞の飴もらっただろ」
「だから違うってば。そうじゃなくてさ、景品はゲームだけじゃなかったんだよな、って」
「そうだよ、怪獣のアクションフィギュアもあったし」
 それはいらない。龍夜は無言で首を横に振る。
 龍夜の前に挑戦した成が携帯ゲーム機を狙っていたから龍夜もついそれに倣ってしまい、その結果何とも言えないもやもやだけが残っている。それなら適当に菓子を撃ち落した方がすっきりしたのかもしれない。そう言えば、「的に当てられなかったお前は落とす以前の問題だ」と言われてしまった。悔しいがその通りだ。
 麗の口に運ばれていくタブレットを目で追い、龍夜は麗の肘をつついた。
「ねえレイ、それ一個ちょうだい」
「え、これ?」
 箱の中身を見せながら麗が訊き返す。
「うん」
「えーやらない。これは俺の戦利品だ」
「わっ、ケチだな」
「ケチじゃねえよ、文句は自分の射的の腕前に言えよ」
「ひっどい!」
 ふい、と麗から目を逸らした先、射的の屋台の三つ先で、フランクフルトが焼けるのを待っている陽介と雅章が見えた。彼らから一歩引いたところでは芽衣子と成がりんご飴をかじっている。
 そういえば龍夜は参拝前から小腹が空いている。……よし。
「俺も買っちゃお! 腹減ったしお好み焼き買っちゃお!」
「買うならたこ焼きにしろよ」
「たこ焼き買ったとしてもレイにはあげないし」
「うわあケチだな」
「どの口がそれを言う!」
「何だとこの野郎!」
「やるかこの野郎!」
 喧嘩のような口調になるが、これが冗談だということくらい互いに分かっている。麗のにやにや顔に龍夜も笑い返す。
 射的のもやもやは気付けばどこかへ吹き飛んでいた。龍夜は小走りでフランクフルトの屋台に向かい、雅章の癖毛頭をぐしゃぐしゃと掻き回してすぐに逃げた。雅章が文句の声を上げる間もなく、麗が龍夜に続く。
「もー何するんだよー」
 雅章の恨み節が龍夜と麗の後を追ってくる。二人は顔を見合わせて、同時に振り返った。
「ごめんごめん!」
 二人の言葉に雅章はふくれっ面をしてみせる。それを見た陽介が、成が吹き出す。彼らを諌める仕草を見せた芽衣子も、笑いを堪えている様子だ。
 一拍置いて、雅章の顔から緊張が抜けた。「本当、しょうがないなあ」と言いながら口元を緩める。
 皆の笑顔は昔から変わらない。いつも通りだった。これが、龍夜の『いつも』だった。



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