18.
「ちょっと、何なの? ねえ」
両脇を稚子とはるかに抱えられた星魚は明らかに困惑していた。「何? 何?」と繰り返しているが、稚子もはるかも答えない。代わりに星魚を視聴覚室の真ん中へと押し出した。
真っ黒な遮光カーテンを閉め切った室内は、蛍光灯をつけていても薄暗く感じる。まだ日の残る廊下から入ってきた星魚なら尚更だ。机と椅子も壁際に寄せられ、授業で見る視聴覚室とは雰囲気が違う。それに人だ。三十人近くが室内にいる。しかもその人たちは、先輩、後輩、同級生、クラスメイト、幼馴染と統一性がない。それぞれ繋がりのなさそうな人たちが、放課後の視聴覚室にこんなに集まっているなんて、おかしな話である。
いつもと違う雰囲気に、星魚は戸惑いを隠せなかった。
「ねえ寛ちゃん、どういうこと?」
尋ねられた寛司はやはり答えなかった。
「まあまあ、とりあえずこっちに」
言いながらひとつだけ用意した椅子を勧める。
「今日も一日お疲れでしょう、ひとまず足を休めて」
「ふざけるのもいい加減に……」
「いいから座れよ」
寛司の手が星魚の腕を引いた。半ば強引に彼女を椅子に座らせる。
「何なの、これ」
「まあ黙って見てろって」
言うと寛司は、学生服のポケットからはみ出していたリモコンを引き抜いて再生ボタンを押した。それに合わせて龍夜は教室前方の電気を消した。
黒板前のスクリーンに影が下りたのも一瞬、すぐにぼうっと明るくなった。明るさは徐々に増し、やがて輪郭がはっきりしてくる。
『星魚ちゃん!』
スピーカーから複数人の呼び掛ける声、スクリーンに浮かぶのはテニスのラケットを持ったジャージ姿の女子らだった。同じクラスの葵や、龍夜よりも先に視聴覚室に集まっていたあの女子生徒たち、全部で八人並んでいる。
『映ってるかな?』
『大丈夫でしょ』
彼女たち――星魚のソフトテニス部のチームメイトたちはぞろぞろと立ち位置を変え、画面に向かって右側五人と左側三人に分かれた。
『じゃーん、今ちょっとチーム分けしてみました。どう分けたのでしょうか? 五秒でお答えください!』
『五、四、三、二、一……はーい時間切れ』
『正解は、付き合いが長いこっちの五人とそうでない三人、でした!』
『うわあ、分け方雑!』
『でも実際そうだしー』
ここで三人が後退し、葵を含む五人が前に出る。
『小学生の頃からクラス一緒だったりクラブ一緒だったり、結構一緒に遊ぶこと多かったよね』
『ねー家遠いのにね』
『星魚ちゃんち遊びに行くとだいたい双馬君が邪魔しに来るんだよね』
『そうーいっつもそうー』
突然名前を出された寛司が眉をしかめて葵を振り返った。葵は首を横に振りながら顔の前で手を振っている。口も動いているから、『ごめん』『そういうつもりじゃなくて』辺りが言いたいのだろうか。寛司は肩をすくめると口をへの字に曲げたままスクリーンに向き直った。今度はそうでない三人が前に出てきていた。
『うちらが星魚ちゃんと話すようになったのって中学入ってから?』
『部活始めてからだよ。あたし初めて星魚ちゃんと話したのってテニス部入ってからだもん』
『まじで? 小学校六年間で一回もなかったの?』
『だって星魚ちゃん、学級委員とかやってたじゃん。ちょっとチカヨリガタイっつーか』
『でも喋ってみるとそんなことなくて』
『そうそう!』
スクリーンの中で話す彼女たちを見て、星魚は目を丸くした。
「な、何なのこれ……」
問いかけるように寛司を見上げるが、寛司は「ビデオもうちょっとあるから、話は後で」とかわす。仕方なく星魚の目はスクリーンに戻り、そこに映る人たちを追った。
『白石さんは真面目だし、後輩たちへの指導もしっかりしてくれてるし』
と言うのは先輩たち。
『白石先輩めっちゃ優しくて、すっごくお世話になりました!』
元気いっぱいに話すのは後輩たち。
『わたしが転任しちゃったから出来なかったけど、でも白石さんが卒業するまで一緒にテニスしたかったな』
昨年までテニス部の顧問だった水科。
『部長や副部長を支えて、皆のまとめ役を引き受けてくれてありがとう』
今年から顧問を務めている坂島。
『数学苦手だって言ってたけど、白石さんならきっとすぐに克服出来るから』
昨年クラス担任だった佐倉。
『白石さん、笑顔、忘れちゃ駄目だよ』
今年の担任、新崎が手を振る。カメラは徐々に引いていき、新崎の周りを映す。
そこは二年E組の教室だった。新崎を囲むようにしてE組のクラスメイトたちが並んでいる。ちゃっかり新崎の隣に位置取ってピースサインをしているのは寛司だ。
『いいかー「せーの」で行くぞー』
皆を見回す寛司にクラスメイトたちが頷く。寛司も頷いてカメラ目線に戻る。
『じゃあ……せーの』
『白石さん、今までありがとう。次の』
『次の学校でも』
『がんば』
『頑張ってね!』
『おい皆ばらばらじゃねーか!』
沸き上がった笑い声を最後に映像は途切れ、スクリーンが暗くなる。龍夜が明かりをつけると、星魚は目を丸くして周りを見回した。
「何、今の」
「あーごめん、2Eってちょっと個性強いっていうか、何か全然タイミング合わなかったんだよね」
「そうじゃなくて! そうじゃなくてさ……」
頭を掻く寛司に、星魚が首を横に振る。
「ごめん全然分かんないんだけど、何で、皆こんな集まって、こんなビデオ撮ってるの?」
「何言ってんだお前、馬鹿か」
「寛ちゃんに馬鹿って言われたくないし!」
「うっせ! 白石星魚を送る会なんだから、主役はもうちょっと主役らしくしろよ」
ねえ? 寛司が集まった面々に問いかける。テニス部のチームメイトたちも二年E組のクラスメイトたちも頷く。
いつの間にか新崎と坂島もやってきて、廊下から教室の様子を窺っている。教員二人の拍手はあっという間に視聴覚室中に伝播した。
拍手が鳴り止まない中、稚子とはるかがまだ状況を飲み込みきれていない星魚の前に立った。
「驚かせちゃったならごめん」
「私たち、双馬君から聞いたんだ、星魚が転校するって」
「えっ」
星魚が寛司を振り返る。寛司はさっと目を反らす。
「そんな、寛ちゃん、私……」
稚子が星魚の顔を覗き込んだ。はるかが星魚の肩に手を置いた。
「ねえ星魚、どうしてもっと早く教えてくれなかったの?」
「転校のこと知ってたら、もっといろんなこと考えて、もっと一緒に遊んだのに」
「それは……」
星魚は困ったように笑って俯いた。