17.


 あれから四日、下手なりに紙花の数を揃えて何とかアーチを完成させた。吊り看板も完成。編集を終えたビデオレターも実行委員全員で確認した。作りかけのものはもうなくなった。
 事前準備が間に合ったことにほっとして、龍夜たちは生徒会室に移動した。三送会は午後の授業時間を潰して体育館で行う。会で必要なものを昼休みの内に運んでおかなければならない。
 生徒会室には早くも委員が集まっており、透たち生徒会役員が指示を出していた。
「一年は吊り看板持って、二年はアーチ運んで。アーチは必ず二人以上で協力して持ってね」
「はーい」
 寛司がわざとらしく返事してアーチの一端を握る。隙間なく紙の花が取り付けられたそれのもう一端を龍夜も掴む。ぶつからないように気を付けながら生徒会室の扉をくぐる。ゆっくりと、しかし気持ち急いで体育館に移動した。
 ステージ上では吊り看板の付け替え作業が行われていた。二階の放送室の小窓から透と佐倉が見えた。スピーカーがぶつぶつと鳴って時々ハウリングしているからマイクのテストをしているのだろう。
 三年生の入場ルートに沿って体育館入り口からアーチを並べていると、小窓が開いて透の声がした。
「フロアにいる人ー、プロジェクターの位置調整するからステージ見てくれるー?」
 言われて前を見れば、ステージ上から白いスクリーンが下りてきている。カーテンが全て閉められ、スクリーンに映像が映る。
「おお」
 フロアのあちこちから声が漏れた。
 ちょうど話し始めた校長の顔下半分が、スクリーンの外にはみ出ていたのだ。
「芝原君ーダメダメ、もっと上げて」
「何を? スクリーン?」
「違うよプロジェクター! 下が全然スクリーンに収まってないよ」
 少し間があいて、映像の位置が変わる。しばらく「これでいい?」「今度は上げ過ぎ」といったやりとりを幾度か繰り返した後に、映像はようやくスクリーンの中心に収まった。
 使用するその瞬間までスクリーンは仕舞っておくことになっている。再びスクリーンが上がり、その裏から取り付けられた『三年生を送る会』吊り看板が顔を出した。一文字ずつレタリングして紙花で飾り付けた看板はとても華やかだった。
 これで本当に準備が完了だ。あとは先に一年、二年を入場、整列させ、三年生を待つばかり。
 もう本番である。
 主役は龍夜ではないのに緊張してきた。寛司は「準備完璧、もう心配ないな」なんて言っているが、龍夜は落ち着かない。
「突発のトラブルがあるかもしれない」
「そんなの心配し始めたらキリないぜ」
「そりゃあ、そうだけど」
「何とかなるだろ、大丈夫だって」
「んん、でもなあ……」
 そんな龍夜をよそに昼休みは終わりに近付く。一年生、二年生が体育館に集まり始め、後方で整列した。一年と二年の間には実行委員が間を開けて並び、紙花のアーチを支える。五時間目開始のチャイムが鳴る。
 在校生の拍手が響く中、三年生が入場した。
 アーチをくぐった三年生たちは体育館前方で、後ろを向いて列を作った。ステージ側を前にして整列する在校生たちと向かい合う形になる。
 最後の三年生が入場を終えて列に入る間に、龍夜たちはアーチを隅に置いて壁際に並んだ。体育館全体を見渡せる位置から、中央に設置されたマイクの前に立つ透を見る。足音がなくなった館内に、透の声が響いた。
『三年生の皆さん、お集まりいただきありがとうございます。今から三年生を送る会を始めます。皆さん、ぜひ楽しんでください』
 話す内容を書いた紙を手に持っていた透だったが、一礼してマイクを離れるまでそれを見ることはなかった。頬の紅潮から緊張していたことが窺える。それでも透は、マイク前のポジションを校長に譲るまで堂々とした態度を貫いていた。
 校長からの話に続けて、吹奏楽部によるマーチングバンドが始まった。ステージ裏から、体育館倉庫から、出入り口からばらばらに現れた吹奏楽部員たちは、演奏しながら足並みを揃えて通路を行き来する。徐々にフロア中央に集まり、曲が終わると同時に整列して三年生に礼をした。体育館中から拍手が上がった。
 拍手が鳴り止まぬ中、三年生は透のアナウンスでステージ側に向き直った。今の演奏の間に、ステージ上にはスクリーンが用意されていた。ゆっくりと照明が落ちてピアノ調の音楽が流れ、スクリーンが明るくなる。
『卒業する三年生へ』
 文字がするりと流れるように現れて消える。次には校長室と、椅子に座る校長が映し出された。
 校長、教頭、三年間卒業生たちを指導してきた教員たち。卒業の祝いの言葉、未来への激励の言葉を、時には笑いを誘いながら、時には熱く優しく語りかける。今は離任して伏和中にいない教員、例えば水科が映るとフロアはどよめき、「まじかよ」「えっすごーい」等の歓声が聞こえた。
 ビデオレターの後は在校生の合唱、卒業生の合唱、それから生徒全員で合唱をして会は終了となった。何とか、無事に終わった。再びアーチを支え退場する三年生を見送りながら、龍夜は内心ほっと胸を撫で下ろした。しかしアーチのもう一端を支える寛司は、龍夜とは反対に緊張した様子で口を引き結んでいる。
(……そりゃそうか)
 寛司にとって……いや、龍夜にとっても、本当の本番はこれからなのだ。
 三年生全員が退場し、在校生たちも体育館を出ていき始めた。それを横目に、実行委員たちは片付けに取り掛かる。端から順にカーテンを開けていると、クラスの列から外れたはるかが近付いてきた。
「ねえ、双馬」
 カーテンを束ねる手を止めて寛司は顔を上げる。
「おー椎木、この後のこと頼んだぜ」
「もちろん。任せて」
「遥と嵐は先に教室戻ってるんだろ? 二人にも伝えておいてよ」
「分かった」
 寛司とはるかの短いやりとりはすぐに終了し、はるかは教室へ、寛司は片付け作業に戻った。ステージ上のスクリーンを巻き上げ、『三年生を送る会』吊り看板を下ろす。残りのカーテンを開けて紙花のアーチを抱える。昼休みに運び込んできたものを回収すれば、そこに残ったのはいつも通りの体育館だった。
 吊り看板やアーチを生徒会室に運んだ委員たちは、佐倉からの簡単な講評(曰く、「初めて二年生が仕切った、一、二年主体の学校行事だったけれど、皆よく頑張ってくれた」)を聞いて解散した。この日は放課後に部活もなく、終礼の後は帰宅するのみである。教室に戻った龍夜たちは掃除をして帰り支度をして。
 生徒玄関へ行く前に、視聴覚室へと足を向けた。
 視聴覚室には既に女子生徒が何人か集まっていた。名前はぱっと出てこないが顔に見覚えがあるから、同じ学年の他クラスの生徒だろう。寛司が「カーテンよろしく」と伝えると彼女たちは開け放たれていた窓とカーテンを閉め始めた。遥が黒板前にスクリーンを用意し、龍夜は寛司、嵐と協力して机や椅子を壁際に寄せた。その間にも人が集まり、ひとり、またひとりと手を貸してくれる。そのお陰もあって、視聴覚室はあっという間に片付いた。
 最後にひとつだけ、スクリーンの前に椅子を置いて完成である。
 椅子の背もたれに体重を預けて俯いていた寛司だったが、ふいに振り向いて集まった皆を見回した。
「俺の思い付きで、こんなにいっぱい集まってもらって、何かすんません」
 同級生だけではない。後輩も、先ほど送り出したはずの先輩も何人かこの場に来てくれている。
「俺、これがいいことなのか悪いことなのかぶっちゃけよく分かんないんだけど、でも皆集まってくれたことはすげー嬉しい。俺はね」
 寛司が深く頭を下げる。
「だから、俺の思い付きは今日で最後だから、最後までよろしくお願いします」
 自然と拍手が起こった。龍夜も気付けば拍手していた。
 そして視聴覚室の扉が開く。



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