5.


『ただ今のリレーの結果です。一位、A組……』
 各学年A組の応援席から、わっと歓声が上がった。一拍置いて、また放送が入る。
『二位、D組。三位、C組。四位、E組。五位、B組。でした。得点係はボードに点数を加算してください』
 バックネットに針金でくくりつけられた大きな板は、左から、赤、黄、青、緑、橙と塗り分けられている。A組からE組までのクラスカラーだ。板に取り付けてあるフックに数字が書かれたパネルを引っ掛けて得点を表す。今朝準備時間に見た時は、風が吹けばあっという間にパネルが飛んで行ってしまいそうだと思ったが、今日は微風。朝見たニュースに出ていたお天気お姉さんを信用するなら、これから強くなる恐れもない。慌てて飛んでいくパネルを追いかけるなんてことをしなくて済みそうだ。
「あーあ、結局四位か、嵐たちがあんなに応援してたのに」
「や、だからこそ、じゃないの?」
「ってゆーか、その嵐たちはどこに?」
 そういえば。次の競技がもう始まろうとしている。アナウンスも次の委員にバトンタッチのはずだ。……だいたい、遥の方は委員と何ら関係もないのだし。
「さっきの得点の放送も、野阿君じゃなかったよね」
「そーなの、『恥ずかしいから』って言われて、早々に次の担当の奴に代わられちゃったんだよね」
「嫌っ!」
 星魚がそう言うもの無理はなく。突然後ろからぬっと現れたら気持ち悪い。しかも嵐と遥、二人して、首から“反省中”という札をぶら下げていたのだから。
 嵐と星魚の「『嫌っ!』は酷くない?」、「だってびっくりしたの!」というやり取りを横で聞きながら、遥がブツブツと漏らした。
「あの後放送委員の先生に怒られて……俺も一緒にだよ? 委員じゃないのに、だよ? 新崎先生にも小言頂いちゃうし、何であんなところに都合よく厚紙とマジックと紐があったんだか知らないけど、その場でコレ作って渡されるし」“反省中”を指先で弾いて「しかもコレ、競技に出る時は仕方ないけど後はずっと昼間で掛けてろ、って言われるし」
 朝一発目の競技でコレだ、昼までそれなりに時間がある。恥ずかしいというか何というか。
「遥が俺の眼鏡取らなかったらこんなことにはならなかったのにー」
「何言ってんだよ、どっちみちお前の実況は最初っからあの調子だったろ」
「そんなことありませんーもっとおとなしくしてましたー」
「いいよもう、二人でもう一回怒られてこいよ」寛司が言うと、二人は「え!」と寛司の顔を見た。
「まさか寛司に、あの寛司にそんなことを言われるとは……!」
「あの寛司に言われちゃうなんて!」
 二人して“あの寛司”と強調する。皆で吹き出したが、話の中心である寛司は笑えない。彼にとってこれは“笑うポイント”ではないのだ。
「ねえちょっと待とうよ! それおかしいだろ!」
「ボケ担当の寛司に突っ込みをさせてしまったのは俺たちの責任だ」
「そうだね悪いのは俺たちだね」
「おいお前ら聞けー!」
 ひとしきり笑わせてもらって、龍夜は自分の応援席に戻った。椅子の上に並べておいたタオル、体育祭のプログラム表、水筒を退かそうとして、水筒が既に熱くなっていることに気付いた。椅子も、タオルで隠れていなかった部分は熱くなり始めている。この、まだ早い時間でこれだけ熱くなるのだから、日が高くなった時のことを考えるとぞっとする。ぞっとしても暑いことに変わりないが、それはまぁ気分の問題だ。
(もう一枚タオル持ってくればよかったかな……日除け用に)
 何となく考えて、持っていないものは仕方ないと考え直し、朝水筒に入れてきた冷たい麦茶を一口飲んだ。この暑い中、寛司たちはまだ言い騒いでいるし、稚子と遥はそれをはやし立てている。星魚は……気付くとなぜか隣に座っていた。
 長い髪は、今日は高い位置でひとつにしばってある。が、十分に暑そうである。「髪、切らないの?」と訊いたら「長いのが好きなのー」とそっけなく返された。妹の好里なんか、伸びてきたらすぐ美容院に行くのに。女の子って、ヨク分カンナイ。
「まあそれよりもー」星魚がこちらの顔を覗き込んでくる。「二人三脚、頑張ろーね」
「……転ばせないよう注意します」
「そんなの当たり前でしょー」
「すんませんね当たり前のことが出来なくて」
 結局練習では何とか歩けるようになった程度で“走る”ということが出来なかったのだ。何で二人三脚“リレー”なんだろう、とかなり真面目に考えたりもした。個人種目(といっても二人だが)ならまだよかったかもしれないが、これでリレーをするとなると、この遅さはクラスの足を引っ張ることになってしまう。
「まぁ……頑張るよ、うん」
 後で寛司に文句を言われるのは、正直嫌だ。

 E組のクラスカラー、橙色のはちまきを締める。選手入場の列に並ぼうとして寛司が居ないことに気付き、見回してみると、はちまき相手に悪戦苦闘していた。上手く巻けないらしい。やってやるよ、と手で示せば、よれよれになったはちまきが差し出された。数十分前までは皺ひとつなかっただろうに。
 首の後ろから通してはちまきの両端を頭頂部へ、ちょうど真ん中で蝶結びにする。
「よし可愛い」
「ふざけんな!」
「冗談じゃないかー」
「いいよ自分でやるから!」
 可愛いリボンをむしり取ってズカズカと列に割り込み、指定の位置に立つ。龍夜もそれに続いて並ぶ。
「何してんの、アンタたち」列の後ろから稚子が声を掛けてきた。「またふざけてて」
「俺は! ふざけてない!」
「だって、はちまき巻けないって言うから結んでやったのに」
「結び方が問題だ!」
「分かった分かった、やってあげるから、ちょっと黙んなさい」
 今度は稚子に、正しく結んでもらう。これで一安心だ。

『プログラム5、二年学年種目、二人三脚リレーです。選手は入場を始めてください』
 放送が入る。
 入場が始まる。



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