4.


 体育祭運営委員長のお言葉に始まり、校長、PTA会長が演説なさる。確か去年、転校前の学校でも「見事な快晴、まさに体育祭日和、云々」という校長の話を聞いた気がする。どこの校長も話すことは一緒らしい。たまには「こんな暑い中の体育祭なんて嫌っスねー」なんて言っちゃう校長がいたっていいのに……まぁ、まずいないだろうが。
 続けてラジオ体操(なぜか第一ではなく、第二体操)で軽く身体を動かし、本日最初の種目に入る。各学年選抜競技、借り物リレーだ。
「じゃあ俺行ってくるねー」
「行ってらっしゃーい」
「行ってきまーす」
 遥と星魚、他数名が2Eからは出場することになっている。「待って俺も!」と嵐が彼等を追いかけていったのは、本部のアナウンス係だからだ。
 龍夜と寛司、稚子やはるかは二つ先の学年種目(これが例の二人三脚だ)まで応援係。応援席に座り、出場者たちが手製の入場ゲートをくぐり所定の位置に並んでいくのを眺める。ふと、星魚と目が合い、小さく手を振ってきた。稚子にどつかれたのでこちらも振り返した。
 スピーカーから声が流れ始めた。
『はい、今年も始まりました体育祭。最初の種目は借り物リレーです。運動会では定番、というイメージがなきにしもあらずですが、記録を引っくり返してみると、どうも本校では初めての試みのようです。体育祭運営委員の皆さんが試行錯誤した上での競技なんですよー』
「あ、嵐だ」
「よく喋るね」
「アレ、アドリブらしーよ」
「え」
 嵐にそんな特技があったなんて、知らなかった。彼の新たな側面を見た気がする。
『一年、二年、三年という順でリレーを繋ぎます。学年の枠を取り払ってのクラス対抗戦、さぁ優勝目指して頑張ってください! E組!』
『委員が特定のクラスを応援してどうするんですか!』
 放送委員顧問の声が割り込む。
『すみません先生! ……あーでは、競技スタートです』
 乾いたピストル音、そして第一走者がスタートした。
 トラック直線部分の真ん中には、葉書サイズのカードが伏せて並べてある。そこへと辿り着いた順に好きなカードを選び、応援席等から“借り物”する訳である。タオル、カメラといった一般的な物から、なぜそんな物を、と思ってしまうような物まで様々。救護係からやかんを借りて走る一年生の女の子やら、本部にいたPTA会長のお子様の手を引いて走る2Aの男子やら。寛司に訊けば、借り物の内容は各学年の学級委員たちが話し合って決めたらしい。ユーモアの分かる学級委員もいたものだ、2Eの学級委員は真面目さんなのに……何となく横目で理花を見遣った。
「あ、次、遥じゃん?」
 はるかに言われて見ると、遥が首に襷をかけて走り出すところだった。カードを拾って、どこに行くのかと思えば、まっすぐ本部へ向かう。
『現在三位のE組、さぁ借り物は? ……って、え! あ! ちょっと!』
「あ?」
 遥はまた何事もなかったように走り始める。それまでずっとあの調子で実況を続けていた嵐の方は、急に静かになった。
『えーと、ここでハプニングです。僕の大事な眼鏡が借りられてしまったが為に、グラウンドの様子がさっぱり見えません。誰ですか借り物リストに“眼鏡”なんて入れたのは!』
「……あ」
「上條?」
「私だ」
「へぇ……え!」
 うっかり彼女を二度見する。
 理花の書いた“眼鏡”を遥が拾って、嵐のソレを借りたということらしい。2E内で、どうでも良い足の引っ張り合い。
「上條ソレ最高!」
 寛司が理花に親指を立てた。あはは、と彼女も困ったように笑い返す。理花も、実は“ユーモアの分かる”組らしい。心の中で、龍夜は彼女の評価を訂正した、『ただの真面目っ子ではない』。
 嵐の声に、焦りが滲み始めた。
『あー……仕方ないので、眼鏡が戻ってくるまで……先生!』
『はい?』
『我等が2Eの担任、新崎先生にバトンターッチ!』
『ちょっと!』
『本当、お願いしますってば。見えないんですよ』
 マイク越しなので、本部での会話はグラウンド中に筒抜けである。応援席からは遠くて良く見えない本部の様子が、声を聞いていると、何となく目に浮かぶようだ。多分嵐は、両手を合わせて新崎に何とかマイクを渡そうとしているはず。一応係なので、マイクをこのまま放り出す訳にもいかないのだろう。
「遥の所為で本部ゴタゴタだねー」
「や、嵐が眼鏡キャラなのが悪い」
「何が良いとか悪いとか、そういう問題じゃないでしょーよ」
 はるかが冷静に突っ込む。
『C組さん速いです』結局マイクを受け取らされたらしく、新崎の声が拡声される。『D組さん頑張ってください』
『駄目! やっぱり先生面白くない!』
『私に任せたのはそっちでしょう』
『でも駄目! コラ遥! 走り終わったんなら早く眼鏡返せ!』
『私的な連絡にマイクを使うんじゃありません!』
『すみません先生!』
 本部でぐだぐだな会話が続く一方、トラックでは遥の次、星魚が借り物を探していた。
 走り終えた選手は、借り物を個別に返した後流れ解散、となっている。二年もほとんどが走り終えた今、フィールド内にいるのは三年の選手と借り物を確認する委員くらいなもの。始めと比べて随分寂しい。そういうこともあってか(しかし遥が何を考えたのかは分からないが)三年生に交ざって応援をしている。眼鏡を振り回して。
『はーるーかー!』
『だから野阿!』
『でもアレ無いと困るんですって!』
「……嵐も飽きないね」
「本人は大真面目なんだろうけどな」
 もはや何の為の放送だか分からない。本部の(というか、嵐とその周りの先生)の会話筒抜け、聞いているこっちとしては面白い。嵐等が大真面目な分、より一層。「まったく、恥ずかしいんだから」と呟く稚子の言い分も分からなくもない、が。
 リレーもいよいよアンカーというところで、ようやく嵐の手に大事な眼鏡が戻ってきた。それと物々交換、今度はマイクが遥の手に渡る。
『C組、A組が一位争いをしている中、襷はアンカーに! しかしE組も負けていません、勝負の行方はまだ分かりません!』
『あっソレ俺の台詞!』
『良いだろ今までずっと喋ってたろ』
『誰かさんの所為で途中までね!』
 先生方もそろそろ諦めたのか、誰も二人を止めようとしない。これが寛司だったらリレーそっちのけでハイテンションな会話が続くのだろうが、そこは嵐と遥の二人。何だかんだ言ってしっかりすることはしている。
『C組アンカー、さぁ借り物は? まっすぐ応援席に走りました!』
『寄越せっつの……ほぼ同時にA組、そしてE組も追い着いた!』
『あっ返せ! B組もD組もまだ望みはありますよ!』
『けどE組マジ頑張ってくださいよ先輩!』
『カード何て書いてあるんですか? 本部からも探しますよ!』
 ……最終的にE組の応援となる。
 黙っていた先生も、これにはさすがに口を出した。
『いい加減にしなさい二人とも!』



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