3.


「テントってどこに立てるんですかー?」
「朝礼台の前ー」
「……朝礼台、ですか?」
「そうそう」
 電車ごっこよろしくテントの足を抱えて、体育委員の一年生たちが困った顔をしている。問われた寛司の方は、掲揚台に市旗を取り付けるのに必死で彼らには目もくれない。
「じゃあ寛司、朝礼台ってどこですか?」
「今日は必要ないので後輩たちに片付けさせ……あ」
「や、遅いから、気付くの」
 寛司の頭越しにその作業を見、「下手くそ」と呟く。
「やってやるから、テント立ててこい」
「サンクス龍夜ちゃーん!」
「いいから、行ってらっしゃい」
 掲揚台から飛び下りててきぱきと指示を出し、先輩から指示をもらい、また後輩に指示を出す。
 体育祭当日。忙しいグラウンドの風景。まだ冷やりとした空気の上から、今日も太陽の熱はのし掛かろうとしている。

 昨日の帰り道、「明日の朝の準備を手伝ってほしい」と言われた。昨日、雨が降ってしまった為だ。幸い午後には上がっていたが、そんなにすぐにグラウンドは乾かない。ぬかるんだ状態で生徒たちが歩き回ったら、グラウンドが駄目になってしまう。仕方ないので翌朝に、ということになったのだが、その分早く登校し、早く作業をしなければならなかった。
 大変そうだから手伝ってやろう、と思って来てやったのに。
「何やってんだかアイツは……」
 旗を見下ろしてゲンナリした。
 ロープに結び付ける旗の紐をこぶ結びにする奴がどこにいる?
(……グラウンドにいますね)
 一人突っ込み、むなしい。
 こぶ結びだけなら、片付けが大変になるだけだし今のところは別にいい。しかし、逆さまに取り付けられているのは実によくない。取り付けるだけならそう時間はかからないだろうに、まずこれをほどく作業から始めなくてはならない、そしてそれがえらく面倒臭い。まだ時間はあるはずだが、可能な限り急がなくてはならない。寛司が結んだのが市旗だけでよかったと心底思った。国旗と校旗までこぶ結び、じゃあ、そもそもやる気が出なかったろう。先にまだ無事だった旗を取り付け、市旗に取り掛かった。
「あ、龍夜早いねぇ」
 嵐の声に振り向けば、はるかと並んでマイクを抱えている。放送室から借りてきたのだろう、そういえば嵐は放送委員だ。
「もしかして双馬の後始末?」
「そう」
「悪いねわざわざ、早くから来てもらって」
「うん、コレもの凄く面倒」
 こぶ結びをちょっと持ち上げる。はるかは溜息をついた。
「あの馬鹿、何やってんだか……」
「全くです」
「まぁ早くやっちゃってよね、まだやることはあるんだから」
「……はい」
 まだ何か、仕事があるらしい。旗だけで十分なのに。
 なぜ手伝いに来てしまったのだろう。

 生徒用応援席の為の椅子を、一人ひとつずつ教室から運び始めている。何とか旗も結び直したし(実に頑張ったと思う)本部テントも完成したしマイクのセッティングも終えたし、そろそろ俺も、と龍夜は腰を上げた。ちなみに今彼が座っていたこの椅子は、体育委員たちが用意した教員用のものである。ちょっと拝借させていただいた。
 そういえば寛司は。グラウンドを見回してみれば、徒競走のラインを他の委員たちと引いていた。準備の最中に踏んで消してしまったら二度手間なので、ライン引きは後回しにしていたのだ。それもちょうど終わったらしい。
「寛司、椅子取りに行こう」
「あ、行く行く! ちょっと待って!」
 ラインカーを押して倉庫に向かう。ナメクジよろしく、通った後に白い線がへろへろと残る。
「後ろ! 寛司、粉が」
「……あ」
 周りに居た委員たちと踏み散らして寛司の跡を消す。白い粉を散らして砂を被せて、申し訳程度だが目立たなくはなった。まぁいいだろう。
「じゃあ椅子を」
「そだな」時計を見て「予定だとそろそろ開会式……え?」
「嘘!?」
 寛司の腕時計を覗き込んで現在の時刻を確認する。
「げ、本当だ」
「急がないと」
 2階の、生徒玄関から一番遠いのが二年E組の教室。ただ教室に行くだけならまだしも、これから椅子を運ぶのだ。おかしい、余裕ならあったはずなのに。まだその作業をしていなかった委員たちと一緒になって、龍夜も廊下を走り階段を駆け上り椅子を担いで水筒の紐とタオルを首に掛けた。また廊下を、さっきよりもロースピードでだが走る。『廊下を走るな』なんていう亀のイラストが入ったポスターが目に入った。しかしそれどころではない。ウサギ並に急がなければならないのだ、昼寝前ではなく昼寝後の、亀を追いかけるウサギ。
 グラウンドに出ると。
「おっそーい!」
 点呼をとっていた学級委員、上條理花に言われた。更に。
「遅い」
「遅い」
「遅ーい」
 三人並んだはるか、稚子、星魚にまで言われる。
「酷!」
「酷くない、事実」
「や、でもね……」
『各クラスの学級委員は点呼を終えたら本部に連絡してください。生徒は全員、グラウンドに整列してくださーい』
 寛司の反論は体育祭運営委員長(寛司曰くバスケ部の先輩らしいが、龍夜は残念ながら知らない)の声に遮られる。マイク、スピーカーを通しているので、寛司の声が負けるのも当然である。
「ホラッ整列!」
 稚子が寛司の体育着の裾をぐいっと引っ張る。さすがに学習したのか、寛司も抵抗せずにおとなしくついていく。それで正解だ。
 龍夜は龍夜で、星魚に背中を押されて列に並んだ。
 何とか体育祭、始まれそうである。



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