2.


「……いい?」
「うん、いいよー」
「じゃあ、せーの」
「いち、に、いち……わ!」
「っ!」
 本日の練習内容、“二人三脚”。各々ペアとグラウンドのあちこちで練習をしていた。龍夜も知らない内に決まっていたペア、星魚と日陰になっている隅の方で、互いの右足と左足を結んでいる。ペアなんていつ決めたっけ、と寛司に訊けば、「先週の水曜。お前、聞いてなかったのか?」と呆れられた。そういえばあの日の前日は、宿題が終わらなくて遅くまで起きていた。じゃあ半分寝ていたあの時に決められていたのか。
 身長と五〇メートル走の記録から、随分と適当に決めたペアだ。龍夜の場合はそれだけではないが、なかなか上手く走れない。今も星魚が、龍夜に引きずられる形で転んだ。
「白石、遅い」
「ごめーん……」
「っつーか今の、悪いのは龍夜」
 横で見ていた木倉遥が突っ込む。彼のペア、同じ名前の椎木はるかは寛司と一緒に体育委員会の方へ出席している。
「龍夜が速いんだよ、白石が遅いんじゃなくて」
「……て、言われても」
「もう少しスピード落とせばいいだけだろ」
「そりゃそうだけど」
 遥と、マイペースな龍夜の会話が続く隣で星魚は立ち上がり、体育着に付いた砂を払い落とした。肩に掛かった長い髪が揺れる。
「ん、大丈夫だから、私は」
「そう?」
 何に対しての『大丈夫』なんだか。思っただけで遥は口にしなかったが、「大丈夫じゃないでしょ」という声がした方を見れば藤真稚子と、その半歩後ろを野阿嵐が歩いている。稚子は遥の隣で立ち止まった。
「女の子転ばせて何考えてんの。ほら、さっさと紐ほどいて」
 言われて手を伸ばした龍夜より早く稚子の手が柔らかい紐(学年費で買ったルーズソックスを細く切ったものらしい)を足から取り払い、その紐は龍夜に押し付ける。
「行こう、星魚」
「あ、うん」
 そこで初めて、星魚の肘から血が滲んでいることに気付いた。鈍い鈍いと以前からよく言われているが、やっぱりそうなのかと再確認する。しかし好きで“鈍い”訳ではないのだ、当然だが。なのに「結婚したら、気の利かない、奥さんに迷惑かけるばっかりの駄目旦那だね」と何度母に言われたことか。
「あ……ごめん、白石」
「コレくらい平気だよ、かすり傷だし」
「もう……気を付けてよ」
 小柄で外見も可愛らしいくせに、中身はかなり男前。直接話すことがこれまであまりなかった為に知らなかったが、前に寛司が「黙ってれば可愛いのになぁ」と言っていた意味が、今なら分かる気がした。しかし、言われても自身の鈍感が直らないのと同様、稚子の男前も改善(と言うべきなのだろうか)はしないだろう。寛司には悪いが無理なものは無理だ。
 嵐と遥の方を見れば、肩を竦めて苦笑している。
 ……鈍感も男前も、良く言って“個性的”ということにしておきたい。

 ペアが居なければ練習にもならない。二人三脚の練習を切り上げて、部活の為に体育館へと移動した。窓という窓を開け放ってあるのでそれなりに風が入る。何より日陰であるということに少し生き返った龍夜は、倉庫からバスケットボールを出してきた。同じバスケ部員の嵐にそれを放り投げる。ドリブルでゴール前まで持って行きシュートしたが、遥は背の高さを生かしてそれを阻止した。
「ったく、お前のその身長が憎い」
「憎まれても困るんだけど」
「背が高いからって偉そうに!」
「ダイジョーブ、その内伸びるよ」
「腹立つー」
 平均身長以上の遥が頭上に掲げたボールを、平均身長以下の嵐が何とか奪おうとしている。龍夜はそれを横目に見ながら遥の背後に回り、後ろからボールを奪ってゴールに入れた。
「あー卑怯者ー」
「でもルール違反じゃないし」
 そういう問題じゃないだろ。二人とも突っ込むが、口には出さない。確かにルール違反ではない。
 三人でそんなことを繰り返す内に部員が集まってきたので、一年対二年、人数に制限無しで試合を始めた。夏の大会で三年生が引退して以来バスケ部部長を務める寛司が登場したのは、一年が九人、二年が五人になった時。
「あっお前ら、何面白そうなことやってんだよ」
「部長が来るまでの自主練でーす」
「よし、じゃあ俺も」
「何言ってんだよ、いつもの練習メニュー、始めるんだろ」
 伏和中男子バスケットボール部の部長には、権限なんてものはない。部員(特に遥や嵐)の言うことに流され、結局はいつも通りの練習メニューをこなすこととなる。だからこそ“仮部長”と呼ばれるのだ。なかなか不名誉である。
 やっぱり寛司の役割にはそういったものが多い。気の毒ではあるが。
「頑張れ双馬仮部長、これも人徳だ」と肩を叩いてやると。
「そんな人徳要らない」
「……いや、『人徳じゃねーだろソレ』って突っ込めよ」
「お前ら嫌いだ」
「はいはい、指示出してちょーだい部長サン」
 よくこれで部が成り立つよなぁ、と思わずにはいられなかった。それもこれも一重に、今日は出張でいない、口うるさい顧問のおかげなのだが。



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