23.


 嵐が用意してきたチキンの他にも、遥の母親が用意してくれていたサンドイッチやサラダなどを並べると、こたつの上は皿でいっぱいになった。ここへ来る前に自宅で昼食を取ったとはいえ、こちらは成長期真っ只中の男子である。ありがたくごちそうになっていると、そんな男四人を見たはるかが「よく食べるなあ」呆れた声を出した。
「いいじゃねーか、俺たち午前中部活だったんだよ」
「悪いとは言ってないさ」
「家で昼飯食った程度じゃ足んないんだよ」
「そうかい」
「龍夜んち昼飯なんだったの?」
「うどん」
「何か……質素だな」
 クリスマスだからといっていつもと特別違うことを話す訳でもなく、教室で話すようなこと――担任だとか部活だとか昨日見たドラマだとか、普段と変わらない話題が中心となる。しかしここは友人の家で、友人同士だけで集まって、普段とは環境が違う。
 いつもと違う。だからだろうか。寛司の発言も、それに対する遥や嵐の突っ込みも、龍夜にはいつも以上に面白く感じられた。
 チキンとサンドイッチをたいらげて空いた皿を片付けると、こたつの上にはぽっかりと空間が出来た。空間の大きさを確認して、そろそろいいかな、と考えた龍夜は持参した紙袋に手を伸ばした。
 寛司と買い物に行った時、大人数で遊ぶ為のボードゲームを見て「これだ」と思った。このゲームでは、プレイヤーの仮想人生を盤上で再現する。ただのすごろくと言ってしまえばその通りだが、選んだルートや職業、物件が、ゴールに着いた時の財産を大きく左右する。運次第では一瞬で億万長者になることだって出来るのだ。
 このゲームにはいくつものバージョンがある。その内のひとつである世界旅行バージョンを、今回龍夜は小道具担当として用意してきていた。
「ねえ、ゲームやろう、ゲーム」
 ボードゲームセットの入った紙箱を出すと、遥が「あっ」と声を上げた。
「あ、もしかして同じやつ遥も持ってた?」
「いや、うちのは初代のだからもっと古いやつ。それ最近のバージョンだよね?」
「最近って言っても買ったの三年くらい前だけどね」
 まだ小学生だった頃に誕生日プレゼントとして買ってもらったものである。そこまで新しいものではないが、数多く存在するシリーズの中では新しく、初代と比べて追加要素も多い。
「へー楽しそう、やろうやろう」
 箱の中に入っている『ゲームの進め方』を見ながら、星魚が初期費用三千円を配っていく。その間に全部で八色ある乗用車型のコマの中から好きなものを選び、スタート地点に並べる。それから全員一回ずつ付属のルーレットを回し、一番大きな数字を出したはるかからゲームを始めることに決めた。
 ルーレットを回そうと手を伸ばしたはるかだったが、手を止めて顔を上げた。
「せっかく勝負するんだから、最後なんかあった方が面白いよね、景品とか」
「でも急に景品なんか用意出来ないし……」
 そこまで言いかけて、稚子は何か思いついたように手を打った。
「よし、勝った順にケーキを選んでもらおう!」
 彼女の台詞を聞いた寛司が「やっぱりはずれがあるんじゃねーか」思いっきり嫌そうな顔をしたが、それについて特にコメントすることもなく稚子は続ける。
「今日は、見た目はどれも同じショートケーキを七つ用意しました。でも一個だけはずれがあります。だからゲームで勝った人から順番にケーキを選ぶ、これを特別ルールとします!」
 作った稚子も星魚もどれがはずれなのか分からないとは言っている。それでも作った当人が有利でないとは言い切れない。そのあたりの公平性を期す為の提案だそうだ。龍夜なんかはそれを聞いて、ゲーム性が高まって面白いじゃないかと思っていたのだが(確率七分の一ではそうそうはずれなんか引き当てないだろうと高をくくっているのもある)、警戒し続けている寛司は眉間に皺を寄せて挙手をした。
「藤真! 質問!」
「はい、双馬君」
「はずれって何ですか、何が混ざってるんですか」
「今は答えられません、あとで食べて確認してね」
「俺がはずれ引くみたいに言うなよ!」
 はずれが何かなんて、確かにはずれを引いてしまった本人にしか分からない。とにかくゲームを始めてみなきゃ分からない。稚子と星魚特製の危ないケーキをかけて、今度こそはるかがルーレットを回した。
 龍夜の白い車は出だしでいきなりつまずいた。大きい数字が出ないのである。こちらが最後尾で一マス、或いは二マスずつろのろと走っている間にも、他の面々はどんどん先へ進んでいく。そのせいか職業の奪い合いで敗れ、給料の安定しないアイドル職に就き、開始早々寛司や遥から「似合わないねえ」と言われる羽目になった。
 臨時収入や支出に一喜一憂し、安定しない収入に泣かされながらも全体の三分の一ほどコマを進めたところで周りを見れば、いつの間にか所持金の差は倍近くなっていた。嵐が戸建ての大きな家を購入するのを横目で見つつ自分はマンションの最上階に落ち着き、テレビで見るアイドルとは随分違うなあと思いながら、龍夜は二万円払ってインドネシアのお面を買った。
「そういや去年のクリスマスもこんな感じでだらだらゲームしたよな」
 言いながら、寛司が赤い乗用車を走らせた。
「あーそうそう、ババ抜き三回くらいやったら飽きちゃって」と続けたのは遥だ。
「トランプっていろんな遊び方ある割に飽きちゃうんだよね」
「分かる分かる」
 昨年、龍夜が転入してくる前に催されたクリスマス会の会場は、学校の教室だったらしい。『皆で冬休みの課題を教え合う』という建前で集まり、カップケーキをつつきながらゲームに勤しんでいたのだとか。各部活の顧問やら日直やらで校内を徘徊する教員たちの目からケーキを隠しつつ遊ぶのはさぞ手間だったろうに――というか日頃規律にはやかましい稚子がよくそんな企画に乗ったものだ。これに関して稚子に真意を聞けば、「年に何度かはスリルを楽しんだっていいじゃない」と返ってきてしまった。
「あれからもう一年か。あっという間だったなー」
 嵐が感慨深げに言い、五月に行った遠足の話を始めた。それを聞きながらはるかが「クリスマスっていうか忘年会みたいになってきたな」と笑っているが、龍夜はそれに共感が出来なかった。当然だ、龍夜が転入してくる前に伏和で起こった出来事を、龍夜は知らないのだから。
 龍夜もこの一年を振り返ってみた。一年前はまだ深空の第四中学校に通っていて、今ここにいる皆のことなんか当然知らなくて、父親の転勤のことも先のことだからとどこか他人事のように考えていた。本当に転校するのだと改めて思い知ったのは夏休み直前、提出されることのない宿題を手渡された時。文章題の並ぶ数学のプリントは、例え苦労して全て解いたとしても、受け取ってくれる人はいなかった。
 深空にいた時の出来事を共有出来る人が、今ここにはいない。
 しかし。
「何かいろいろあったけど、何より今年一番のビッグイベントは龍夜が転入してきたことだよな!」
 九月からの四カ月は、皆と一緒だった。
「体育祭、めっちゃ盛り上がったよね」
「リレーの優勝逃したのは残念だったけどなあ」
「それはあれだ、E組が総合優勝したからいいんだよ」
 夏休み前からいろいろと決まっていたであろう体育祭に組み込まれ、初めは事態が飲み込めなかったが、当日は全力で走った。
「図書委員の仕事も面倒くさがる割に真面目だし」
 必要に迫られた部分もあるが、星魚と一緒に委員会活動をする内に、少しは本を読むようになった。
「うちのバスケ部のレベルの底上げにもなったし」
「龍夜って妙な小細工が上手いよね」
「小細工じゃない、テクニックと言ってくれ」
 委員会で参加出来ないこともあったが、それ以外ではバスケットボール部の活動に毎回参加していた。
 人見知りをする方で、積極的でもない龍夜は、転入先の学校でもうまくやっていけるかどうか心配だった。クラスに友人が出来るだろうか、入った部活に馴染めるだろうか、それが気がかりだった。
 しかし輪の中に入ってしまえばどうということはなく、伏和中の生徒となってまだ三カ月だが、毎日楽しくやっている。体育祭のような大きなイベントはもちろん、イベントの為の準備だとか、委員会、部活、テスト、皆との会話等々。これらひとつひとつは取るに足らない小さなことかもしれない。毎日似たようなスケジュールで、似たような時間を過ごしているかもしれない。だけど全く同じ日など来ない。毎日違うことが起こる。毎日が予想外で、だからこそそれが、面白い。
 楽しいと感じているのは龍夜自身、しかしそのきっかけを作り出しているのは必ずしも自分ではない。
 ――皆に出会えて、よかった。
 龍夜はルーレットを回した。十数秒回って止まった針は、7を指していた。

 ゲーム序盤で出遅れた割に、龍夜は所持金四位と健闘した。二万円で買わされたインドネシアのお面を二十万円で売ることに成功したからである。逆に後半で高額支出マスに連続で止まってしまった稚子が、六位の遥に僅差で負けた。
 一位だった嵐から順にケーキを選び、最後に残ったひとつを稚子が手に取った。皆が美味しいと食べる中、一口目でフォークを置きジュースを一気にあおったのは、なんとケーキを用意してきた稚子本人だった。
「うっわ辛いっ!」
「何、藤真、お前自分ではずれ引いたのかよ」
「ていうか何入れたのそれ」
 首を傾げた龍夜に、二杯目のオレンジジュースを飲み干した稚子が答えた。
「……タバスコ」



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