鍵と鍵穴


 反政府組織、“スペード”。
 賭博のカードの絵柄四種の内、死を表すマーク。それを背負ったこの組織は、この世界に死をもたらそうとしている。全世界の政府に反発し、圧倒的な力でねじ伏せようとしている。かつての世界大戦後、全世界を統括する世界軍なんていう組織が体制を整え、一度は彼らに組織解体まで追いやられたが、それも過去の話。今では同等かそれ以上の力をつけた。
 世界との戦争も、そう遠くない将来。

 組織本部のモニタールーム。キーボードを操りモニターの映像をぱっぱっと切り替えていく青年。
 ふっ、と笑う。
「いい顔になったねぇ」
 満足げに頷く青年に、彼と瓜二つの顔をもつ女が疑問を投げかけた。
「だからこそ危険なんじゃないの?」
「違うよ蓮、そう思うのは蓮が彼らを敵だと思っているからさ。彼らは味方だよ」
「まさか」
 双子の姉、蓮は首を横に振る。しかし彼、双子の弟である静は確信していた。モニターに映る二人の少年は、必ず静の下に現れる。必ず。
 ひとりは金髪にダークグリーンのゴーグルを乗せ、砂色のロングコートをはためかせている。ひとりは【東端の島国】民族衣装である羽織を引っ掛け、銀白色の鳥を連れている。彼らの名前は塔亜、そして騎左。組織を変える少年たちだ。
「必ず来るさ、彼らは僕のところに来なければならない」
 少年たちと組織の関係は、例えるなら『鍵と鍵穴』――静はそう言う。鍵が鍵穴に入ることで扉は開く。反応が起こる。
 そういう意味では、まだスペードは眠ったままだと言える。二人がメンバーとなった時が、真の『スペードの覚醒』となるのだ。
「でも、まだ未熟だね。戦闘は粗い」
 キーボードを再び操る。モニターの右半分が別の映像を流し始めた。
 少年たちは旅をしながら組織を追い続けている。その旅費を稼ぐ為に賞金首を捕まえ、世界軍に突き出しているらしい。今流しているのも記録映像のひとつ、二人が賞金首と戦っている。協力する気などないらしく、動きはまるでばらばらだ。
「あらやだ、隙だらけ」
「うん。でも彼らは鍵だよ、絶対に」蓮の目を見つめ、「だって僕は鍵穴だから」
 ――彼らは強くなる。
 そう確信しているのも、彼らの“保護者”の存在が大きい。孤児だった二人を引き取り、そのまま社会に放り出したろくでもない大人、風谷。しかし実際は常に二人を監視しており、何か困っていれば二人の目に触れない形で助け続けていた守護者。風谷はスペードと敵対する世界軍の軍人だが、静は彼と何度か顔を合わせたことがあった。
 飄々としたその態度、戦闘とは無縁そうな薄い身体つき。だというのに相対した時の威圧感は、“スペード”幹部の静でさえ逃げ出したくなるほどだった。戦闘能力が高過ぎて、世界軍上層部も扱いに困っているような男。そんな男が塔亜、騎左を気にかけているなんて。
「強くなる。僕を脅かすくらいに。そして彼らは僕と手を組む」
 笑いを噛み殺すのが苦しくなってきた。非常に愉快な気持ちだ。
「……はは、は、あは、あはははははははははは!」
 額に手を当て大笑いする弟の髪、を蓮は優しく撫でた。いつもおとなしく冷静な弟がこんなに上機嫌なのだ。姉として、女として、嬉しくなる。静は世界と、二人の破壊を望んでいる。二人が思い通りに墜ちていくビジョンが見えるからこそ、静は楽しくて仕方ないのだ。
 世界軍同様、スペードも昔から塔亜と騎左を監視し続けている。二人が孤児になったのはスペードが原因だから。正確には、蓮と静、双子が事件を起こしたから。塔亜と騎左の人生は、スペードが握っている。
 壁時計を見、夜も更けてきたことを確認した静は、モニターの電源を落とした。
「蓮、僕はそろそろ寝るけど、一緒に寝る?」
「残念ね、私これから取引なの」
 刃物での肉弾戦が得意な静と違って、蓮は狙撃手。両腰に吊るした二丁の銃のメンテナンスは自らの手で行っているが、銃弾は組織の製造班に任せていた。この後は製造班のメンバーと、武器の材料を仕入れに出るらしい。
「そうか……僕も行こうか?」
「大丈夫よ。静も日が昇ったらまた仕事でしょう? 休んでおいた方がいい」
「……うん、ありがとう」
 本心は残念でたまらない。しかし蓮がそう言うのなら。
 そっと引き寄せ、唇で唇に触れた。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「ええ、行ってきます」

 双子の歪んだ愛は脆く、とても脆く。簡単に壊れてしまうものだと気付いてはいたけれど。
 見ないように努力して、ここまで生きてきた。
 今日もまたひとつ歯車の歯はこぼれ、弟は姉を見送った。



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