追う者たち


「【珊瑚礁の島国】……小さな島だが、戦後主に第三次産業で発展。そうして得た収入で工業化に努め、成功。現在は先進国と呼ばれるまでに成長した。戦時中は他国の植民地だったにも拘らず此処まで成長した国家は稀、だ」
「本当お前ってテキストみたいな喋り方するよな」
「悪いか」
「べーつーにぃー」
 ふんと鼻を鳴らして羽織を肩に掛け直し、隣に立つ塔亜から目を離した。
 騎左が先に述べたことは、既に過去の話となっていた。そうなったのは数日前のこと。まずは王城、そして行政府官邸、その後国中に仕掛けられた数多くの爆発物によって主要都市が次々と爆破された。全ての都市が被害に遭うのに、1日と掛からなかった。国民も殆どが死んだ。
 王城と行政府が失われた時点で、国としての機能も停止していた。
 つまり、【珊瑚礁の島国】という国は、もう存在していないのだ。
 国家など此処には無く、在るのはただ荒れ果てた土地のみである。爆撃直後に見たニュース速報によれば、2日前までは国民の遺体がそこら中に転がっていたとかで随分酷い光景が広がっていたようだが、今は軍がその多くを回収したらしい。たまに微かな血の匂いが鼻を突くが、その程度だ。
 事件の処理と同時に進行しているのがこの島の領有についての会議。近隣諸国の王たちが顔を突き合わせて話し合いを続けている。暖かく透き通ったコバルトブルーの海では魚も繁殖し易い。そんな島を手に入れれば領海は拡大、漁業という産業の幅も広がる。このことは国にとって大きな意味を持つ故、会議は難航しているらしい。
 国が消えることとなった原因は“黒衣”と呼ばれた宗教集団、その彼等が国内で起こした宗教紛争だった。数年前から流行りだした信仰宗教の教徒たちが教祖の告げた“神言”を信じ込み、それに従って国を焼いた。
 ……と、言われている。
 しかしそれは表向きのことであって、真実は違った。ある“組織”が架空の“宗教”を作り出して隠れ蓑にし、国民を騙して国の破壊に加担させたのだ。本当の犯人はその組織の人間たち、軍人たちの間では“スペード”と呼ばれている。
 犯人が“スペード”だという確たる証拠は出ていない。それこそが、これが彼等の手による事件だという証拠だ。彼等は決して姿を見せず、痕跡を残したりはしない。それに、国民やこの島にも居た筈の軍人等誰にも見つからぬよう国中に爆発物を仕掛けるという離れ業は、彼等以外に不可能ではないのだろうか。
 それだけ“スペード”という組織は、感心してしまうほどに高い能力を持っているということだ。そんな組織の存在を各国国民が知らないのは、彼等が姿を見せないこと以上に軍が事実を隠しているから、という大きな理由が有る。悪戯に国民の不安を煽ってはいけないし、何よりそんな組織をなかなか解体出来ないでいる軍の無能さを国民に知らせない為という利己的な理由が。
 世界中の全てを滅ぼし新たな秩序を持った世界を創り出そうとしている“組織”。その組織こそ、塔亜たちが旅をする目的である。この島に来たのも、事件が“組織”と関わりが有りそうだと気付いたからだ。勿論この島行きの船なんて無い。仕方無いので騎左の妖術で姿を消し、事件を求めて島に向かうジャーナリストたちの船に乗り込んだ。
 そして今、何も無い土地をこうして見渡している。
「今更何も出てこないと思うんだけどなー、俺。来るんだったら爆破される前に来るべきだったろ」
「だが“組織”かもしれないという様子が見えてから国が焼けるまでの間はたった2日。時間的にまず無理だ」
 この島に来る前に彼等が居た所から島へ向かう船が出ている国へと移動するだけで、既に3日掛かっている。来られる筈が無い。
「文句は調べた後に言え。何か出てくるかもしれない」
「分かってますよー」
 というか、此処まで来て「無駄そうだから帰ります」と言うことこそ無駄である。そしてそれ以前に、乗ってきた船が大陸へと帰るのは明日の正午らしい。帰ろうにも帰れないことくらい、塔亜だって承知済みだ。
「……で? どうする?」
「生き残った国民で、まだ軍に発見されていない者が居るかもしれない。見つけることが出来れば、いろいろと話を聞けるだろう」
「希望的観測」
「なら泳いででも帰れ」
「それは嫌だ」
 ろくに泳ぐことも出来ない奴に、そんなことは言われたくない。内心思ったが言わないことにした。あまり余計なことを言って奴を怒らせる方がいろいろ面倒だからである。

 まだ島に残っている国民が居ると仮定しよう。彼等が最も必要とするものは何か。
 水と食料だ。
 国の首都が在った所は9割以上が焼かれた。逆に地方、森やら畑やらも、規模は都心程ではないにしろ、火の移りが速く、灰となっている。となると、小さな住宅街なんかならば、比較的原形を留めているかもしれない。そういう所であれば、食料も残っているかもしれない。
 何処までも推測でしかないが、無闇に動き回って時間を無駄にするよりは良い。適当に見当をつけて、あまりあてにならない【珊瑚礁の島国】の地図を見ながら歩き出した。
 現在地が分からなくなった時は。
「ねー、此処何処?」
「……ゼファ」
 ゼファが上空から見当をつけて、また歩いて。それを繰り返した。
 幾度そうしたか、なんていちいち覚えていない。が、会話の流れなら覚えている。
 “組織”の特徴からして、直接何か――何でも良い、“組織”の一部でも掴むきっかけになるようなものであれば――が出てくるとは思えない。ということは、やはり探すべきは残存する国民。どれほどの人間が生き残ったのかは分からないが、そういう者が存在、発見されているのだからまだ可能性は有る。ただ、国民が本当に、まだ此処へと留まっているのならば、その理由とはいったい何なのだろう。「初代国王の残した伝説の宝でも探してるのかねぇ」なんて言った塔亜を、騎左はお約束通り一蹴する。「非現実的過ぎる」
 宝の話が発展して、塔亜は騎左の左腰に提げられた2振の刀を指差した。
「真剣って高価だろ」
「物によるさそれは。見習のうった刀はお前の小遣いでだって買える。しかし世界でも有数の業師がうった刀は……」塔亜の黄色い頭からブーツの先まで見下ろして、「お前という人間以上に価値が有る」
 騎左の口の悪さにはそこそこ慣れた。
 ……と思っていた。
 が、さすがに今回はカチンときた。
「全く今日もお口が悪いですねェ騎左チャン!」
「事実なんだから仕方無いだろう。お前、小等学校も卒業していないんだぞ」
「そりゃお前だって一緒だろ」
「だからこそ自身で幅広い知識を身に付けようと努めている。それがお前との差、1つ目」
「じゃあ2つ目は」
「人徳」
「テメェ黙れ! 1回倒れとけ!」
「3つ目はその短気だな。気が短いのは世の中損ばかりだ」
「騎左!」
 口喧嘩で勝てないのはいつものこと。口が駄目なら次は力。塔亜が腰の銃に、騎左が大刀に手を伸ばしたのはほぼ同時だった。
 数秒、間が開く。
 きっかり3秒経った時に、緊迫した空気の中で2人は偶然にも“探し物”を見つけたのだった。

 人の気配、だ。

「向こうも2人……軍人じゃないな。正面廃屋の裏に1人、右後方瓦礫の裏に1人……か」
「何だ居るじゃん、元気な国民さん。俺等の予想は当たりだね」
「俺の、だ」
「細かいコト言うなよ」
「……」
 互いに背中を向け合わせて死角を極力減らす。
 相手は姿を現さない。ということは、向こうも飛び道具を持っている。
 状況から分析している間に。
 パン! 乾いた銃声。
 それに反応して騎左が大刀を抜く。
 ギィン、という耳障りな金属音が響く。火花を散らした銃弾が軌道を変えて地面に突き刺さる。衝撃の痺れを払うかのように大きく刀を振り下ろし、「塔亜!」鋭く言った。
「面倒だ、やるぞ。気を付けていろ」
「お前こそちゃんとやれよ」
「当たり前だ……ゼファ!」
 崩れかけた壁から銃――多分、BT37――だけが顔を出している。塔亜もホルスターから改造銃を抜き、相手の銃口を狙って撃つ。が、すぐに引っ込むのでなかなか当てられない。向こうもこういった戦闘には慣れているのか。ただ、向こうからすれば此方は得体の知れない敵。なのにさっきから、飛んでくる銃弾は塔亜たちという大きな的から随分ずれている。さっさと倒すなり怪我させるなりして此処を後にしたいだろうに。……分からない。
 目の端に、別の銃口が映った。瓦礫の後ろの奴だ。
 塔亜も其方に目を向ける。
 僅かな差で間に合わない。
 タァン、と軽い音。それと共に銃口から出た弾は塔亜の右二の腕を掠めた。反射的に筋肉が弛緩し、手が銃を落とす。
「くっそ!」
 毒づいて先方を見るのと空気が微かに揺らいだのはほぼ同時だった。相手は長い服の裾を翻して瓦礫の向こうへと姿を消した。
 それは相手が妖術というものを知っている証拠だった。……いや、知っているだけではない、感じたことが有るのだ、きっと。知識として知っていても、この僅かな術の気の揺らぎはそうそう感じ取れるものではない。『静寂を破る鈴の音』という表現がまあまあ似ているし言葉で妖術を表す時はこの表現が用いられるが、そう知ったからといって、一度術を喰らってみないことには結局のところ分からないのだ。
 ――どういうことだ?
 考えている間にもゼファの額は赤く輝き、騎左の術は力を増幅させて発動していく。
 銃声の間が空いたことに安心したのか壁の後ろから顔を出した男を、騎左の術が捕らえた。
 オールバックの男の手中で握られた銃がどろどろと融けていく。ごとりと肘から下が落ちる。次は爪先、肩、背中――。

 不意に気の揺らぎが収まったのは、オールバックの後ろに両手を上げた少年が現れたからだった。先程の少年だ、と塔亜は直感した。ちらと見えた服の裾と同じようなシャツを着ている。長い前髪で表情は見えないが、妖術にはまらないよう目を閉じ、五感を少しでも働かせないようにしている筈だ。
 融け流れたオールバックの身体が、今までの映像を巻き戻すかのように形を造った。千切れた腕も元通りにくっついた。それまで定まっていなかった焦点がカチリと合い、はっと目が覚め驚いた表情で自身の身体を見下ろす。異常が無いのは当然だ、始めから融けていないのだから。
 オールバックは後ろを見、前髪と2、3言葉を交わし、持っていた銃を投げ捨て両手を挙げた。
「なるほどね」
 小声で塔亜は呟いた。左目にはガーゼを数枚重ねて適当に貼り付けたような眼帯が。片目では遠近感が掴みにくいだろう。そんな状態でまともに銃は撃てまい。
 騎左が口を開いた。
「お前たち、この国の国民だな?」
「あぁそうだ。お前等は?」
 まさか、“スペード”の残した痕跡を探しています、なんて言える訳が無い。彼等は“組織”のことなんか知らない。だいたい、探し物なら見つかっている――彼等だ。
 右手を挙げようとしてズキリと痛み、出血は酷くないが動かさない方が良いか、と思い直す。左手で黄色の髪をクシャリと掻いた。
「んー何つーか」
「ある人物がこの島に居ると聞いて探しに来た」
「そうそう、そんな感じ」
 ……喋るのは騎左に任せた方が良さそうである。
「この国を滅ぼした“黒衣”と呼ばれた集団の幹部及び頭が生存しているか否か、生きているのであればその所在も知りたい」
 直球な質問だ。
 勿論騎左だってその問いかけに対する直接の答えは期待していない。“黒衣”は“組織”だ。彼等が姿を見ている、所在を知っている訳が無い――彼等が“組織”の人間でない限りは。だが、本当に“組織”の人間であれば、さっさとこの島から手を引いているだろう。いくら“組織”メンバーの能力が高いと言っても、島にはかなり多くの軍人が乗り込んできているのだし、これではいずれ捕まってしまう。“組織”としては、それは避けたいことだ。また、国が消えてからこの島を出て行った者は居ない。少なくとも、軍の情報網には引っ掛かっていない。海上に控えている軍人の数も相当だろうし(船の数は多い、中にどれだけ乗っているかは知らないが)この網を抜けるのは難しい。つまりこの2人は“組織”メンバーではなく、国を滅ぼしたメンバーは疾うに島を出て行っているか、既にこの地で死んでいるかのどちらかだ。
 騎左がそんなことを訊いたのは、“共有する”為だった。
 彼等にとっておそらく“黒衣”は恐怖の対象であっただろう。その恐怖を此方も知っている、共有出来る。そんな人間にであれば話し易いだろう、と踏んだのだ。些細なことでも良い。此方は少しでも情報が欲しい。当時の状況が少しでも分かれば情報分析もし易くなる。
 だがオールバックも前髪も懐疑的である。再び銃に手を伸ばしかけたオールバックは前髪が止めたが、彼の口は固く引き結ばれたままで。
 右手で特徴的な長い前髪を掻き上げた。
 左右金銀の瞳が覗く。
「何だよアレ!」
「金と銀の……オッド・アイ?」
 疑問が宙に浮いた状態で放り出されたのは、前髪が口を開いたからだった。
「どうして“黒衣”を探している? 彼等は僕等の敵だ。君たちがその関係者であるのなら、僕は君たちを此処で撃つ」
 違う、そんな筈は無い――と。
 反射的に言い返しかけて、騎左に止められた。やはり騎左が受け答える。
「それなら問題は無い筈だ。“黒衣”とやらは、俺たちの敵でもある」
「国民じゃない君たちが?」
「ああ。奴等はこの国だけじゃない、世界中、全てを、滅ぼそうとしている。俺たちの国も、多少なりとも被害に遭った」
「なっ……!」
 訳が分からない――オールバックの顔が言っていた。その顔でオッド・アイを見上げる。
 金と銀の瞳は揺れて前髪がそれを隠し、オールバックを押さえていた手がするんと落ちた。赤ん坊がイヤイヤをするように、ゆっくりと首を横に振った。
「……で、俺の問いには答えてもらえるのか?」
 重ねて騎左が問う。オールバックは顔を上げかけて、しかし此方を見ないまま(先程の妖術のことがまだ気になっているのだろうか)答えた。
「奴等の頭は、俺が撃った」
「マジ?」素直に驚く塔亜。
 2人で顔を見合わせて、ほぼ同時にまたオールバックの方を向いた。
「既に死にそうだったけどな、アイツ」
「『既に死にそうだった』……」
 同じ言葉をぶつぶつと繰り返す。どういった状況だったのかはさっぱり分からないが、“黒衣”の頭にとどめを刺したのが彼だということは、彼が話に聞く『“黒衣”と戦ったゲリラ部隊』のメンバーで、これは勝手な想像だが中心的人物だったのだろう。
「なら、幹部と他の教徒は」
「教徒全員、腹の中に爆弾抱えてたらしい。頭が死んで、時限装置が作動して、皆吹き飛んだ……と思う」
 なるほど、と感心せざるをえなかった。
 国民の多数が教徒だった、つまり、国の至る所に教徒が居た。信じ込ませた国民に「儀式だ」と言って爆弾を埋める。勿論“組織”の人間にも埋め、彼等の何人かを国の中心に送る。これが王城、行政府官邸、国中を焼いた爆発物を仕掛けた『方法』だったのか。
 “組織”からすれば、本当に『捨て身』の仕事だったのだ。となれば、命の先が見えていた者がこの島での任務に最も適していた訳で。そういうことね、と塔亜は胸中で呟く。
 壊れたように笑うオールバックに、思わず「お前……」と声を掛ける。
「何だよ、俺を殺すか?」
「いや、そうじゃないが……」
 不意に、軍のジープのエンジン音が聞こえた。それなりに近くから。
 オールバックとオッド・アイと、互いの顔を見て、投げ捨てた銃を拾ってまたベルトに差した。崩れた家の瓦礫から飛び下りて、塔亜たちの視界から消える。
「逃げている……? 軍から?」
「何で軍から逃げるんだよ! お前等、逃げる必要無いだろ?」
 向こうに聞こえたかどうかは分からない。しかし訊かずにはいられない。
 彼等が何故、こんなちっぽけな、何も無い島にこだわるのか。
 少し間があって、声が返ってきた。
「此処が俺の世界だからだ!」


「俺たちも引くか」
「そうだね」
 密入国に近いことをしているのだから、此方は此方で軍人に見つかったら面倒なことになる。銃と刀を収め、簡単に塔亜の右腕の止血をする。
 妖術を発動させて、姿を隠した。
「アイツ等……」
「何だ」
「まだ“守りたいもの”持ってるんだな」
「だろうな」
「じゃあ、俺たちより幸せ者だ」
 持っているか持っていないか、それだけで大きく差が開くことも有る。



「そういえば塔亜、左右瞳の色が違う『オッド・アイ』って知っているか?」
「あ、さっきの金と銀」
「前に読んだ文献に因れば、とある国の王家一族にのみ現れるのが『金銀のオッド・アイ』らしい」
「……え?」



 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ