21.


 伏和中三年生は受験生である。受験生にとって外せないパワースポットが北野天満宮だ。学問を極めた菅原道真公が祀られているこの神社は、合格祈願の為にお参りをする受験生があとを絶たない。伏和中の生徒たちも例に漏れず、修学旅行三日目にご祈祷を受けお守りを授かった――が。
「受験かー。俺、やっぱりまだ実感ないわ」
「受験生の?」
 園に訊ねられて頷いた。
「将来どうしたいとか、そういうのまだ全然考えられない。それなのにどの高校がいいとか、やっぱ難しくて」
 肩を落とす龍夜に、園は「その気持ち、分かるなあ」と困ったように笑う。それが意外に感じられて、龍夜は驚いてしまった。ほとんどの受験生はこんな悩みなどとうに蹴りをつけていると思っていたから。龍夜のこんな気持ちを分かるだなんて思いもしなかったから。
 園は「伏和の高校あんまり知らないっていうのもあるんだけどね」と前置きしてから言った。
「楽しいことも、気になることも、たくさんあって。でもそれは大人になっても続けたいことなのか、続けられることなのか、そうじゃなくて今だから楽しいのか。それって判断が難しいって、ずっと思ってたんだ」
 それなのに、その楽しいことや気になることがどんな高校に行ったら出来るのか、いつか仕事に出来るのか。想像することは出来ても、それが正解なのかどうかはすぐには分からない。分かるのは結局その瞬間になってからだ。選択してそれを達成する為に行動している間は何をすべきか明確ではなく、そもそも選んだ道自体に自信をもてず、だから行動を起こしてもいまいち手応えがない。目的の形がないから実感がない。それは言い換えれば、不安だ。
「親や先生が言うよく考えろっていうのは、いろんな可能性を考えていろんな選択肢を用意しろってことなんじゃないかなって思ってるんだけど……それがすごく難しいんだよね」
 うーんと腕を組んで考え込む園は、龍夜よりもずっと大人だと思った。龍夜が抱えていたもやもやの正体を言語化して、龍夜に教えてくれた。
「園……あの」
「出来ることからひとつずつ、頑張らないと」
「……そうだね」
 こぼれそうになった気持ちを、今は飲み込む。今は伝えるべきではない。いつか――。




   ◆



 卒業アルバムのフリーページ。皆から寄せ書きをもらって、この一年半で撮った写真の一部を貼る。
 二年の運動会、委員会活動の写真、クリスマス会、三年生と星魚を送る会、修学旅行――アルバムの見開きに貼り切れないほどの思い出が出来た。友人がたくさん出来た。
 もちろん古い友人とのつながりも大切だ。修学旅行二日目の終わり、京都駅で再会した麗たちと撮った写真も貼りつける。
 その友人たちとの日常も、今日をもって終わりとなる。
 今日は伏和市立伏和中学校の卒業式なのだから。
 四月からは高校に進学して、新しい日常を送ることになる。不安がないと言えば嘘になる。しかし悩んで悩んで、悩み抜いて決めた進路だ。選んだ道を後悔したくない。明るい気持ちで進んでいきたい。
 それに、離れていても皆とはずっと仲間である。それは間違いのないことだ。何かあった時でも彼らの存在はきっと支えになるだろう。
 そしてまた新しい場所で、新たなつながりを作る。
「龍夜ーバスケ部集合写真撮ろー!」
「おー今行くー!」
 卒業アルバムを閉じて鞄にしまう。皆の元へ駆ける。

 出会いも別れも再会も連鎖する。
 これは希望なのだ。


『Air 中学三年生編』 完





 /  目次に戻る  / 

小説トップ/サイトトップ