6.夏休みだから


 翌日八月三日の正午前。寝不足の目を擦りながら、康介は健一と並んで一台のバスを見送っていた。バスの最後部座席に座った鈴花、雅哉、修が何度も後ろを振り返る。健一と目を見合わせ、二人で大きく手を振った。
「何か、あっという間だったね」
「どうしたんだよ、ばばくさいな」
「やめて、せめてじじくさいって言ってよ」
「おれだったらどっちも嫌だけどなあ」
 軽く言い合う内にバスは角を曲がって見えなくなった。二人は荷物を抱え直すと踵を返して帰路についた。
 昨晩、あのあと学校に戻った六班のメンバーは先生たちからこってりと絞られた。泉先生曰く、七人がいないことに先生たちはすぐに気付いたらしい。手分けして捜索を始めたそうだがなかなか見つからず――だからこそ星とホタルをゆっくり堪能出来たのだけれど――そんな中にのこのこと現れた子供たちが大人たちの質問の嵐に遭ったのは必然と言えるだろう。あんなに叱られたのは、弟と殴り合いの喧嘩の末に鼻血を出させた時以来だった。
 半日前にはあんなに鳴いていたキリギリスはすっかり鳴りを潜め、今はセミが大合唱を繰り返している。夏だ。夏の、真昼だ。まだまだ夏の盛りで、夏休みはまだまだ続く。
 康介は町内会の掲示板の前で足を止めた。
「自由研究、どうやってまとめようか」
「そんなに急がなくてもまだ余裕あるし、ゆっくり考えようぜ」
「そうだね。まずは昨日しそびれた花火の補習をしなきゃ」
「それじゃ鴇田さんや花江さんも誘わねーとな」
 花火に虫捕り、泳ぎや飛び込みの練習。宿題のことも忘れてはいけない。夏休みは長いとはいえ、しっかりと計画を立てないと、やりたいことがやりきれない。
「そーいやポロんちってすげーでかいらしいよ」
「へえ、柳田君から聞いたの?」
「ううん、スズカとキングが言ってた」
「じゃあ遊びに行っちゃおうか、バスに乗れば付属小まですぐだもの」
「いいねえ! じゃ、昼飯食ったら電話するわ」
 風が吹いて、畑のトウモロコシの葉がさわさわと鳴った。どこかの軒先の風鈴の音が僅かに涼を運んだ。
 健一は掲示板前の道を右に、康介は直進する。電話までにやりたいことをしっかりまとめておかなくちゃ。健一に手を振りながら頭の中でメモを取った。
 ボストンバッグのファスナーを開けて写真を取り出す。七人分のカレーライスと七人の笑顔。この内三人は昨日まで顔も知らない全くの他人で、二人は同じクラスにもかかわらずろくに話をしたことがない人だった。しかし今はもう違う。一日を共に過ごした同じ班のメンバーであり、友だちだ。彼らと見た星とホタルはきっとずっと忘れない。でもこれだけじゃない。これからもっと、いろいろな『わくわく』に出会えるはずだ。
 なぜなら今は、夏休みだから。
 夏休みだから出来ることがある。夏休みじゃないと出来ないことがある。あれをやろう、これをしよう。考えるだけでどきどきしてくる。実際に一歩踏み出してみれば予想も出来ないことが起こると、昨日知ってしまったから。ちょっとした好奇心が冒険に変わる興奮を味わってしまったから。
 だから――康介はトウモロコシ畑を駆けた。
 まず今日は、何から始めようか。



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