捗らない整理と進まない準備6話の舞台裏


「ねえねえ木倉〜どうしよう〜」
 教室に入るなり抱きついてきたのは、今年から同じクラスになった坂原和久だった。伏和小一年の時からずっと一緒だったが同じクラスになったことはなく、まともに会話をしたのは男子バスケットボール部に入ってからだった。そこで遥は初めて彼の癖を知った。彼は困ると相手に抱きつく癖があるのだ。
 はじめこそ驚いたがさすがにもう慣れた。はいはいと適当に頷きながら和久の腕を剥がし、一応「どうしたの?」と訊ねた。
「修学旅行の班だよ」
「あーそれ、早く決めないとだね」
「女子と班を作らなきゃいけない」
「困ったね」
「木倉、何とかして!」
「俺が!?」
 まさかそう来るとは思わず、つい大きな声を出してしまう。いや、おかしいだろう。だいたい遥だって、昨日寛司たちと部活前に困ったねどうしようねなどと話したレベルである。女子の当てなどあるはずがない。
「ええ……何で俺なの」
 唸る遥の肩に手を回し、和久は体重を預けてきた。
「いるだろほら、椎木とか」
「うん?」
「仲いいだろ」
「まあ、悪くはないけど」
 遥には二つ上の姉がいる。姉もかつては伏和中に通っており、女子バレーボール部に所属していた。姉は部の後輩である椎木はるかを可愛がっていたようで、はるかが木倉家に遊びに来たこともあった。その関係で、遥も彼女とは『ただの同級生』以上には親しくしている……少なくとも遥はそう思っている。彼女の方がどう思っているかは知らないが。
「木倉から誘えない?」
「やだよ」
「何で」
「だって、女子ははるかひとりだけって訳にいかないじゃん」
「……?」
 こちらの真意が伝わらなかったらしい。きょとんとする和久にも意味が分かるよう、声は潜めて、しかしはっきりと言った。
「俺、はるか以外のバレー部は苦手なの」
 姉のところに遊びに来ていたのははるかくらいである。だからこそ彼女と親しくなるきっかけが出来た訳で、他の女子バレー部との付き合いはほとんどない。正直伏和中の女子バレー部は、我が強いか弱いかで分ければ強いやつばかりで、あまりこちらから話しかけようとは思えなかったのだ。
「だいたいあいつもう班決まったとか言ってたけど」
「えっそうなの」
「女バレは男バレとあみだくじで班作ったんだって。人数同じくらいだしちょうどよかったんだろ」
「早っまじかよぉ……」
 想定と異なる答えに肩を落とす和久。遥が悪い訳ではないとはいえ、ちょっと可哀想な気もする。とはいえ遥にはどうすることも出来ず……。
 こうなったら便乗するしかない。
「よし、あとでA組の様子を見に行こう」
「? 何で?」
「龍夜に重大任務を課したんだ」
 今日どこかのタイミングで龍夜が稚子辺りに声を掛けてみると言っていた。そこで上手く班が作れれば皆万々歳だ。
 これを聞いた和久は遥の肩から手を離して飛び上がった。
「っしゃ! 広隆にも伝えてこよ!」
 そろそろ朝礼の時間だというのに教室を出て行った和久を見送り席に着く。これでよかったのだろうか? 何だか腑に落ちないところもあるが……女子難民なのは遥たちだけではなかったと知れたことは、まあよかったのかもしれない。



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