黒と白の境界線  次の授業は体育だった。近隣のどの市民プールよりも早くオープンした我が校のプールは、先月の内であればまだ新鮮味もあった。しかし水泳の授業が始まって一カ月たち夏休みも目前という今になっては、ただまっすぐ二十五メートル泳げる無料プール以上の価値をもたない。ここには流れるプールもウォータースライダーもない、ただ泳ぐだけの水溜めだ。  それでも授業は授業である。学生である以上、授業は受けなければならない。 「仕方ない、今日もやりますかぁ」  大きく伸びをして更衣室備え付けのロッカーに水泳用具一式が入ったバッグを放り込んだ。隣で友人も「うんうん」と頷きタオルを広げていたが、わたしがブラウスのボタンを外し始めた途端こちらを見て一時停止する。たっぷり三秒は目を合わせてから、彼女は今度は早送りのように一息に言った。 「ねえちょっと日焼けしたんじゃない?」  言われて自分の身体を見下ろす。自己主張が足りない胸、逆に主張がうるさい腹の向こうに、靴下を履いた爪先が見える。ブラウスをめくって腕を上げ、スカートを持ち上げて足を開く。自然と「ああ」という声が漏れた。 「ほんとだ、黒い」  いつの間にか二の腕や太腿の外側は、内側と異なる色になってしまっていた。外側は焼けているのに、内側は白くうっすらと血管が透けて見える。外と内とでパーツが分かれているようで、何だか気持ちが悪い。 「日焼け止めちゃんと塗ってたのにー」  二の腕の内側を覗いて唇を尖らせるわたしに、友人は「違う違う」と首を横に振った。 「そこじゃなくて……こっち!」  彼女の人差し指がわたしに向けられた。指先が胸に触れ、曲線を描いて肩の上へ流れる。一番上まで辿り着いたら今度は脇の下へ。下着の縁をなぞっているのかと思ったが少し違う。改めて肩周りを見て、ようやく理解した。肩、胸のあたりに、はっきりと日焼けの跡が残っていたのだ。 「ね、先週末、海かプールか行ったでしょ?」  彼女の言う通りである。定期考査が終わり早くも夏休み気分になったわたしは一足先に遊んできたのだ。頷くと彼女は「やっぱりねぇ」と、にやりと笑った。 「誰と行ったの? 噂の彼氏様?」 「別にいいじゃない誰とだって」 「あーはいはい、そのリアクション見ればお相手くらい簡単に想像つくから」 「もう、やめてってば、恥ずかしいなぁ」  答えをはぐらかしたり着替えを手に取ってみたり、何とか話を終わらせようと試みるが、友人の追及は止まない。 「この日焼けの形から察するに、着ていったのはビキニかな? そういえば最近新しいのを買ったって言ってたね。そうかーあの時嬉しそうに話してたもんね、あーそういうことだったのかー」  にやにや顔からの追撃は止む気配がなく、止められる気もしない。わたしはもう降参するしかなかった。 「……そうだよ、新しいのを着てみたの」 「どんなの?」 「じゃあ今度海行こうよ、その時着ていくから」 「そうじゃないって、水着と一緒に彼氏様の写真を見せてって言ってんの!」 「そんなのありませんから!」  わたしの叫び声に休み時間終了、そして授業開始を告げるチャイムの音が被さった。まずい。わたしたちは口を噤んで顔を見合わせる。これでは授業に遅れて……いや、遅刻確定だ。どうせ遅れるならと開き直ることも出来なくはなかったが、プールはこの更衣室の目の前。体育教師の大声が扉たった一枚隔てたすぐ向こうから聞こえてきてはそうもいかなかった。急がなきゃ。わたしも友人も慌てて着替え始めた。  正直な話、会話が途切れたことでわたしは内心ほっとしていた。先の週末の話は、わたしだけの秘密だから。  脱ぎ捨てた制服の代わりに、スクール水着が日焼け跡を隠す。  この下は誰にも見せてはいけない。